交野郡(かたのぐん)は、大阪府(河内国)にあった郡。1880年(明治13年)に行政区画として発足した当時の郡域は、概ね下記の区域にあたる。702年(大宝2年)頃に茨田郡から分割して設置された。交野郡衙は現在の交野市郡津にあったとする説があるが、明証はない。交野郡の大部分は「交野ヶ原」と呼ばれる台地・丘陵地で、耕作には適さなかったが、鳥獣が多く棲息し、かつ京からも近いことから貴族の狩場となっていた。桓武天皇の時代には離宮が置かれた他、天皇の狩場(天皇以外の狩猟は禁止された)があったことにちなむ禁野(枚方市)の地名が残る。また、交野ヶ原は桜の名所としても知られ、交野郡にあった惟喬親王の渚院で在原業平が「世の中に絶えて桜のなかりせば 春の心はのどけからまし」と詠んでいる。『延喜式』神名帳に記される郡内の式内社。
出典:wikipedia
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