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ジークフリート (楽劇)

『ジークフリート』()は、リヒャルト・ワーグナーが1856年から1871年にかけて作曲し1876年に初演した楽劇。台本も作曲者による。ワーグナーの代表作である舞台祝祭劇『ニーベルングの指環』四部作の3作目に当たる。『ニーベルングの指環』四部作は、ひとつのプロローグと3日を要する舞台上演と見なすことができ、その「第2日」に当たる本作『ジークフリート』は、「序夜」(『ラインの黄金』)を除く「三部作」の中間に位置づけられる作品である。「指環」四部作はそれぞれ独立した性格を持ち、単独上演が可能である。『ジークフリート』は全3幕からなり、上演時間は約3時間50分(第1幕80分、第2幕70分、第3幕80分)。第2幕第2場「森のささやき」の音楽はしばしば管弦楽のみで独立して演奏される。物語は、ドイツの叙事詩『ニーベルンゲンの歌』を始めとするドイツ英雄伝説や『エッダ』、『ヴォルスンガ・サガ』など北欧神話の物語を下敷きにしつつ、ワーグナー独自の重層的・多義的な世界が構築されている。直接引用されてはいないがギリシア神話の影響も多分に見られる。『ジークフリート』の台本は1852年12月、音楽は1856年から1871年にかけてそれぞれ完成された。作曲期間には後述の通り10年以上の中断をはさんでいる。1876年8月13日から17日まで開催された第1回バイロイト音楽祭において、『ニーベルングの指環』四部作全曲として初演された。バイロイト音楽祭では四部作が連続上演される。内訳は以下のとおり。『ジークフリート』の中断期間は1857年6月から1869年3月までの12年とされるが、上記のように手を付けている期間もあり、実質的には約10年である。中断の理由として、以下の点が挙げられる。こうしたもとでワーグナーとしては、さしあたり『トリスタンとイゾルデ』を「実用向き」な作品として世に送り出したい意向があった。しかし、『トリスタンとイゾルデ』はワーグナーひとりの転機にとどまらない、音楽史上でも画期的な「事件」となった。ひきつづいて「軽い喜劇」の予定で取り組んだ『ニュルンベルクのマイスタージンガー』もまた構想が膨らみ、ワーグナーの作品中でも最大規模の大作となるなど、この時期のワーグナーの充実ぶりは顕著である。1864年5月からはバイエルン国王ルートヴィヒ2世の援助により、安定した生活のもとで創作に打ち込めるようになった。ルートヴィヒ2世から「指環」四部作の完成・上演を大いに期待されたことで、『ジークフリート』完成への条件がそろってきたものと見られる。1876年8月16日、バイロイト祝祭劇場にて開催された第1回バイロイト音楽祭において、『ニーベルングの指環』四部作として初演。指揮はハンス・リヒター。主な配役は次のとおり。声役も含めて登場人物は8人。『指環』四部作中では最も少ない。また、『ラインの黄金』、『ワルキューレ』同様、従来のオペラ作品に必ず用いられた合唱が採用されない。『ラインの黄金』とほぼ同じ4管編成。主な違いは舞台上の楽器の有無である。舞台裏にイングリッシュ・ホルンとホルン(F管)などが加わる。弦楽は人数が指定されている。全3幕、9場からなる。各場は管弦楽の間奏によって切れ目なく演奏される。舞台は森。舞台は奥深い森の中。木々の間からは岩壁が見え、舞台は前面から中央が高くなっており、その奥に洞窟の扉が観客から上半分が見える位置にある。舞台は非常に照明が暗い。舞台は岩山のふもとの荒野、下手険しい崖になっている。本作は、『指環』四部作についてワーグナーが最初に着想した『ジークフリートの死』から拡大し、その前編にあたる物語として構想した『若きジークフリート』(1851年脱稿)が元になっている。ジークフリートは『ニーベルンゲンの歌』の英雄であり、『ヴォルスンガ・サガ』をはじめとする北欧神話のシグルズと起源を同じくする。ニーベルンゲン伝説では、ジークフリートは竜の返り血を浴びることで不死身となるが、菩提樹の一葉が背中に張り付き、そこが急所になった。ワーグナーはこれを採用せず、代わりに、ファーフナーの血をなめることで小鳥の声が理解できるようになったとしている。前作『ワルキューレ』から本作までの経過は次のとおり。ブリュンヒルデから神性を奪い、炎に包まれた岩山に彼女を眠らせたヴォータンは、その後「さすらい人」の姿をとって各地を放浪する。一方、森の中に逃れたジークリンデは、やがてジークフリートを生むが、難産のために産褥で死ぬ。ニーベルング族でアルベリヒの弟、ミーメが赤ん坊のジークフリートを引き取って養育した。アルベリヒがラインの黄金を矯めて作り出した「支配の指環」は、大蛇と化して洞窟で眠るファーフナーの元にあった。指環を手に入れたいミーメは、ジークフリートを育ててファーフナーを退治させようとし、同時にジークムントの剣ノートゥングの破片を盗んで手に入れ、これを鍛え直そうとしていた。ミーメはジークフリートの両親を知っていたが、このことをジークフリートには語っていなかった。自然の中に育った純真無垢な若者が試練を経てやがてヒロインと結ばれる、というあらすじにおいて、本作は「森の奥のメルヘン」といえる。ジークフリートが「怖れ」を覚えようとして冒険するのはグリム童話の「こわがることをおぼえるために旅にでかけた男」、眠るブリュンヒルデに口づけして目を覚まさせるモチーフは「いばら姫」にそれぞれ結びついている。「#中断の事情」の節でも述べたとおり、本作の作曲当時、ワーグナーは新作発表の必要を感じており、『ジークフリート』もいったんは単独上演を考えている。これは、「指環」四部作として一括上演にこだわったワーグナーとしては異例のことである。ワーグナーはウーリヒ宛の手紙に「子供にメールヒェンを語って聞かせるような」と書いており、この作品の大衆性に望みを持っていた。しかし、実際に単独上演が多いのは『ワルキューレ』で、ワーグナーの当ては外れた。ワーグナー作品のいくつかの登場人物にはワーグナー自身の投影が色濃く認められるが、なかでもジークフリートはワーグナーにとって特別で最愛といえる存在である。ジークフリートには前作『ヴァルキューレ』のジークムントや後のパルジファルとの共通点が見られ、他方、ジークフリートに敵対するアルベリヒやファーフナーには、ワーグナーの芸術の進展を阻もうとする「俗物」を暗示させているともいわれる。第1幕第3場、鍛冶の場面で、ジークフリートがミーメに向かって言い放つ「弟子が師匠のいいなりでは、その師匠を超えられるはずがない」は、ワーグナー自身の信条であるとされる。また、12年の中断を経て本作の作曲を再開、第3幕作曲中の1869年6月、コジマとの間に生まれた息子に、ワーグナーはジークフリートと名付けている。ジークフリートは養父ミーメに育てられ、作者のワーグナー自身もまた養父に育てられている。ニーベルング族のアルベリヒやミーメは、ワーグナーが嫌悪したユダヤ人にしばしばなぞらえられるが、ワーグナーの養父カイヤーにはユダヤ系の疑いがあり、ワーグナーはこの養父が実父かもしれないと悩んでいた。すなわち、ミーメは作曲者自身の「影」であり、ジークフリートのミーメへの憎悪は一種の自己憎悪ともいえる。このように、ジークフリートとミーメの双方がなんらかの意味で作者の分身ということができる。ジークフリートの原型のひとつはギリシア神話のアポローンと見られる。アポローンは「ポイボス(光り輝く)」と呼ばれ、第3幕でブリュンヒルデがジークフリートを「光明」、「輝かしい」などと連呼することと対応している。また、ワーグナーは自著『芸術と革命』において、「アポローンはギリシアの地におけるゼウスの意志の執行者」としており、これはヴォータンとジークフリートの関係に投影されている。一方、第3幕第2場でヴォータンがジークフリートの行く手を遮り、ノートゥングによって槍を折られる場面は、ギリシア神話の英雄オイディプースがテーバイに向かう三叉路において、実の父とは知らずにラーイオスを殺してしまう場面と重なっている。オイディプースは捨て子で養父母に育てられており、ジークフリートが養父に育てられているのと共通する。その後オイディプースは、怪物スピンクスを退治し、実の母とは知らずにイオカステーと結婚するが、ジークフリートもまたファーフナーを退治し、祖父ヴォータンの娘であるブリュンヒルデと結ばれる。このように、ジークフリートとブリュンヒルデの関係には、オイディプースとイオカステーの母子相姦のモチーフが潜んでいる。また、オイディプースとイオカステーとの間にテーバイ悲劇の「救済者」としてのアンティゴネーが生まれたように、ジークフリートとブリュンヒルデ、つまり男性的要素(詩人)と女性的要素(音楽)の合体によって理想の芸術が生まれるとするワーグナーの思想もここに重ねられているのである。『指環』四部作で、もっとも演奏時間が長いのは『神々の黄昏』であるが、リブレットの量では『ジークフリート』(2770行)が最大である。『ジークフリート』は、ワーグナーのオペラのなかでリブレットが最も長い『ニュルンベルクのマイスタージンガー』(3098行)には及ばないが、単独の幕で見ると、『ジークフリート』第1幕(1142行)は『マイスタージンガー』でもっとも長い第3幕(1133行)よりも長く、ワーグナーの舞台作品中最大である。その量は、『パルジファル』全3幕分(1250行)にあと100行足りない程度に迫っている。このことは、『ジークフリート』のとりわけ第1幕においてテンポの速いやりとりが多いことを物語る。このなかでワーグナーは、ジークフリートの歌唱やオーケストラに聴き手の受忍限度を超えるような動機の執拗な反復を詰め込み、これによって、英雄ジークフリートの仕事がいかに「人間業」を越えたものであるかを強調している。また本作では、音楽外の人物・事物・観念を特定するというライトモティーフ本来の用法を越えて、純粋に音楽的な観点から、簡単な動機を念入りに展開する交響曲の表現領域に踏み込んだものとなっている。例えば、第1幕で示される「苛立ちの動機」の簡潔な音型は、「小鳥のさえずり」を表すモチーフとしても使用され、さらに第3幕では「愛の絆の動機」に変容していく。ワーグナーは『ニーベルングの指環』四部作で、物語の登場人物、あるいは道具や概念などを短い動機によって示すライトモティーフ(示導動機)の手法を駆使している。フランスの音楽学者アルベール・ラヴィニャック(1846 - 1916)によれば、『指環』四部作中に計82のライトモティーフが数えられ、そのうち18が『ジークフリート』に現れるとする。『ジークフリート』で新たに登場する主なライトモティーフは以下のとおり。『ジークフリート』の音楽は、第3幕からがぜん豊かさとスケール感を増しており、第2幕と第3幕の作曲に12年間の中断があることが「様式の不統一」あるいは「スタイルの変化」につながったと指摘される原因となっている。しかし、これは様式面の不統一ではなく、ドラマの要求に沿ったものである。第2幕までメルヘン仕立てだったドラマが、より大きな世界悲劇の中心に行き着いた(後述)ことで、音楽もまた必然的に深みを増したものに変化している。同時に、純真無垢なジークフリートには「何も知らない」→木訥さを執拗に印象づける音楽を与え、第3幕で登場するブリュンヒルデには、神であったがゆえに「何でも知っている」→ありとあらゆる技法を駆使した音楽を与えるといった音楽語法の落差でもある。第3幕の幕切れはブリュンヒルデとジークフリートの二重唱であり、ここでワーグナーは通常のオペラ・スタイルをとった。とはいえ、二人の言葉には不一致があり、とりわけブリュンヒルデの歌詞にはつづく『神々の黄昏』の悲劇に結びつく亀裂が生じている。ワーグナーは1869年2月23-24日のルートヴィヒ2世宛の手紙に次のように書いている。いまここで『ジークフリート』について御報告するためには、第3幕の世界に足を踏み入れるたびに私の覚える崇高さ、おののきにも似た、暗く恐ろしい感情についてお話しなければなりません。私たちはここで蒸気を吹くデルポイの地割れの中に佇む古代ギリシア人のように大きな世界悲劇の中心に行き着いているのです。世界の滅亡が差し迫っています。(中略)ここでは、すべてが荘厳なおののきの気を帯びていて、謎を用いて表すほかはないのです。

出典:wikipedia

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