マイサー・エドゥアルド・イズトゥリス(Maicer Eduardo Izturis, 1980年9月12日 - )は、ベネズエラ・ララ州バルキシメト出身のプロ野球選手(内野手)。右投両打。現在はフリーエージェント。異母兄のシーザーもプロ野球選手(内野手)である。にクリーブランド・インディアンスと契約を結んだ。1月5日にライアン・チャーチとともにモントリオール・エクスポズへトレード移籍し、同年8月27日にエクスポズからメジャーデビュー。2004年11月19日にホセ・ギーエンとのトレードでフアン・リベラとともにアナハイム・エンゼルスへ移籍した。は開幕をメジャーで迎えたが、左ハムストリングを痛め故障者リスト入り。6月9日にメジャー復帰を果たし、それ以降は三塁手として出場し、自己最多の104試合に出場し、打率.293・5本塁打・44打点・出塁率.365・14盗塁を記録。イズトゥリスは遊撃手であるが、オーランド・カブレラがエンゼルスの正遊撃手として出場していたため、2006年は三塁手として87試合に出場した。は三塁手として53試合、二塁手として40試合に出場。三塁の守備では送球のエラーを減らすなど、安定感が増していった。は、2007年シーズン終了後にカブレラがシカゴ・ホワイトソックスへ移籍した為、開幕から遊撃手として出場。4月にハウィー・ケンドリックが故障者リスト入りしたときは二塁手として出場することになったが、5月にエリック・アイバーが故障者リスト入りとなってからは遊撃手として出場。非力ではあるが、バットコントロールが評価され、7月に3番打者として起用された。しかし、8月中旬に左手親指の手術をしなければならなくなったため、故障者リスト入りのままシーズンを終えた。は右投手先発時の二塁手として起用された。打撃では自己最高となる打率.300・8本塁打・65打点を記録。からの3年契約でトロント・ブルージェイズに移籍することが、2012年11月8日に同球団から発表された。の4月13日、対ボルチモア・オリオールズ戦で左ひざを負傷し、翌14日に15日間の故障者リストに入った。左ひざ靭帯の裂傷のため手術が必要となった。この年はシーズン終了まで復帰することはなく、メジャー昇格後では最低の11試合の出場に終わった。11月3日にFAとなった。2月1日にマイナー契約でブルージェイズと再契約。
出典:wikipedia
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