LINEスタンプ制作代行サービス・LINEスタンプの作り方!

お電話でのお問い合わせ:03-6869-8600

stampfactory大百科事典

日立電鉄2000形電車

日立電鉄2000形電車(ひたちでんてつ2000がたでんしゃ)は、かつて存在した日立電鉄の通勤形電車である。本項では2000形の両運転台仕様である日立電鉄3000形電車についても記述する。老朽化した旧型車両の置き換えのため、帝都高速度交通営団(現、東京地下鉄)銀座線で使用されていた2000形を導入した車両である。導入に当たっては、レール幅・集電装置が異なるため、同日比谷線3000系のFS-510形台車・パンタグラフ・主電動機などを流用した。車内には、地下鉄線内では不要であった日除け用のカーテンが設置された。改造は京王重機整備で行われ、1991年より登場した。主にラッシュ時2両・3両編成用の片運転台の2000形17両(制御電動車の2000形10両・制御車2200形7両)、主に閑散時単行運転用の両運転台の制御電動車の3000形7両が存在した。塗装は赤色に白と黒のストライプが入る大胆なデザインであった。正面貫通路は灰色で塗られ、窓下には日立電鉄の社紋と「HITACHI DENTETSU」のロゴが入れられた。晩年は赤色が色褪せた車両も多かった。また、側面に広告が入れられた編成も存在した。電動車の2000形、制御付随車の2200形の2タイプが存在した。このうち2000形は機器によって2つに細分化される。2000形のパンタグラフは連結面側に設置された。車両の運転台の位置は、両形式とも奇数車が鮎川駅寄り、偶数車が常北太田駅寄りである。以下、編成中の車番表記は常北太田駅寄り-鮎川駅寄りの順、編成を車番で表す場合は常北太田駅寄り車両を基準とする。1991年に2212-2001・2002-2211・2214-2003の3編成6両が導入された。同年11月25日には発車式が行われている。翌1992年には2004-2213・2005・2006-2215の2編成4両及び増結用1両の5両が導入される。1993年には2216-2007の1編成2両が、1994年には2008・2009・2010-2217の1編成2両及び増結用2両の4両が導入され、2000形の導入は終了した。登場後すぐは主に車掌乗務の2連運用に使用された。Mc2の3両は、ラッシュ時の増結用として使用された。1996年には全列車のワンマン運転が開始され、ワンマン表示灯の設置、運転席からのドア扱いを可能にする等の工事が行われた。これら一連の工事は自社久慈浜工場で行われている。1997年には3連運用が消滅し、増結用のMc2は運用を失った。このうち2008・2009は「ビア電日立号」(呑電日立号)へと改造される(後述)。2002年、日立電鉄線全列車2連化に伴いドア回路・運転席などが小改良された。この対象から漏れた2212編成・2005は運用離脱、休車となった。その後の列車本数の減少に伴い2004年に2214編成・2217が運用離脱、休車となった。この結果、廃線時まで稼動していた車両は、2002編成・2004編成・2215編成・2007編成、及び検査時の予備車として3000形3026と編成を組んでいた2210であった。2210+3026以外の編成は廃止1か月前にギャラリー電車に改装され、車内に沿線幼稚園児が描いた絵や、過去の日立電鉄線の写真などを掲示していた。また、廃止数週間前にはヘットマークの取り付けも行われている。営業運転最終日の常北太田駅行最終列車は2002編成が充当された。なお、予備車の2210+3026は常北太田駅に常駐していた。1998年夏、日立電鉄初のビール電車「ビア電日立号」が登場した。車両は2008編成が使用され、車内のテーブル設置、サービス用電源の配線追加、ヘットマーク取り付け、側面のロゴ貼り付けなどの改造が施された。同年冬は同じ編成で「呑電(どんでん)日立号」が運転された。2000年には2009にカラオケ設備が取り付けられている。通常は大甕駅に留置されていた。同編成が検査入場した際には他編成を使用することもあった。ビア電・呑電の定期運転は2005年1月で終了、同年3月に行われた貸し切り運転を以て運用を離脱し、常北太田駅に回送された。機器面は2000形Mc2と同じで、両運転台化改造は、他車の運転台を接合する方式で行われた。改造は上記諸改造とともに京王重機が行った。パンタグラフは車番によらず鮎川駅寄り前面(増設運転台側)に設置された。また、3021・3023・3026の常北太田駅寄り前面、3022・3025・3027の鮎川駅寄り前面に貫通幌枠が設置され、連結運転時はこの幌枠を使用していた。登場当初よりワンマン運転機器を備えている。1992年に3021が導入された。その後1993年に3022 - 3024が、1995年に3025が、1996年に3026が、1997年に3027が導入された。これにより3000形の導入は終了し、閑散時に使用されていた旧型車は全廃となった。登場以来検査代行等を除いて単行運転であった3000形だが、2002年の全列車2連化に伴い3023・3025 - 3027の4両がドア回路などの改造を受け、3025+3023・3027+3026の2連となった。この改造に漏れた3021・3022・3024は運用を離脱、休車となった。3027は2002年、車体側面に沿線旅館の広告を取り付けた。3025編成は2003年に橙とクリームの旧型電車塗装に塗り替えられ、鉄道ファンの人気を博した。2004年、3026は連結相手を2000形2010に変更、検査予備車になり常北太田駅に常駐した。同時に3027は運用を離脱、休車となった。結果、廃線時まで稼動していた車両は旧型電車塗装に塗り替えられた3025編成と予備車の3026のみとなった。3025編成には2000形の最終稼働編成同様ヘッドマークの取り付けなども行われている。また、廃止日の大甕駅行最終列車に充当されている。廃線後は、2212編成・2002編成・2005・2216編成・2008編成(ビア電編成)・2010編成・3021・3022・3024が常北太田駅に、2214編成・2004編成・2006編成・2217・3025編成・3027が久慈浜駅に留置された。各車両の機器・台車の一部は他私鉄に売却されている。また、鉄道ファン向けの部品即売会の為に方向幕・ワンマン表示灯・前照灯・尾灯カバーなどが取り外された。3023は2005年12月に日立市内の模型店に移設、保存されている。また、3025も保存の話があったが白紙となっている。3023以外の車両は常北太田駅・久慈浜駅留置車共に2006年7月までに解体処分され、現存しない。3000形の増設運転台の種車については()内に記述する。

出典:wikipedia

LINEスタンプ制作に興味がある場合は、
下記よりスタンプファクトリーのホームページをご覧ください。