GSX-R1000(ジーエスエックスアールせん)は、スズキが製造しているスーパースポーツタイプのオートバイである。GSX-Rシリーズにおけるフラグシップモデルとして位置付けられ、2016年現在も日本国外向けに生産されている。略称は「R1000」。GSX-R1000のエンジンのルーツは1996年型GSX-R750の3分割クランクケースエンジンまで遡るが、これは元来、排気量アップを念頭に置いていない750ccに最適化して開発されたエンジンであった。そのためシリンダピッチにあまり余裕がなく、1000cc化にあたり、当初は72mmから73mmと、1気筒あたり1mmしかボアを広げることができなかった。エンジンを一から新造するには膨大なコストと時間がかかるため、シリンダヘッドを2000年型GSX-R750と共通とし、ストロークを46mmから59mmへと13mmも伸ばすことで、1000ccフルスケールにわずかに足らない987.8ccまで拡大され、最高出力は160PSを発生。ボアストローク比0.808と高出力スーパースポーツ車のエンジンとしては異例のロングストローク型エンジンとなったが、これが扱いやすい出力特性を得る結果に繋がった。登場時において、ライバル車のCBR929RRやYZF-R1とはエンジンパワーで勝っており、世界中のサーキットで大活躍した。特に、改造範囲の狭いプロダクションレースではノーマル状態でのパワー差がそのまま順位に現れやすいため、R1000ワンメイクの様相を呈するほどであった。CBR900RRが興し、YZF-R1の登場によってライバルを得たスーパースポーツの分野は、GSX-R1000(K1)の登場によって新たな局面を迎え、国内4社による開発競争を加速させる事となった。2000年型GSX-R750のエンジンを987.8ccに排気量アップし、フレームやスイングアームを若干強化した車体に搭載して2001年に登場した。キャッチコピーは「Own The Racetrack」(サーキットの覇者)。以下のカラーバリエーションで発売された。カラーバリエーションが以下のように改められた。2003年に初のフルモデルチェンジを受けた。レースでは、北川圭一が2003年全日本ロードレース選手権のJSB1000クラスにおいてシリーズチャンピオンを獲得した。2004年には他社から相次いで新モデルが投入され、JSB1000では前年覇者の北川もシリーズ10位という結果であった(R1000の最高位は渡辺篤の6位)。以下のカラーバリエーションで発売された。カラーバリエーションが以下のように改められた。2005年には、1000ccレースレギュレーション内でのさらなる出力増を主目的として2回目のフルモデルチェンジを受けた。エンジンはボアを1気筒あたり0.4mm広げた73.4mmとし、総排気量はほぼフルスケールの998.6ccとなった。最高出力は178PSに上昇し、乾燥重量166kgという軽量な車体と相まって、パワーウエイトレシオはF1に匹敵する0.93kg/PSを、あくまでカタログ数値上ではあるが達成した。前年登場のライバル各車がセンターアップマフラーを採用していた中で、R1000はオーソドックスな右出しマフラーを採用し続けた。スズキによれば、センターアップを採用しないことによりマスの集中化が図られ(マフラーという重量物をセンターアップより重心に近づける事ができる)、さらに軽量化にも有利とされた。また増大した出力に対応する為にバックトルクリミッターを採用した。この2005年モデルでスズキはスーパーバイク世界選手権にワークス体制で参戦し、それまでドゥカティの独擅場であった(過去18回のうちメーカータイトル13回、ライダータイトル11回をそれぞれ獲得していた)本シリーズのタイトル奪取に成功した。英の自動車専門誌であるAUTOCAR誌恒例の0-100-0mphテストに飛び入り参加したGSX-R1000は、0-100mph加速においてポルシェやランボルギーニに加え、ケーターハム、アリエルアトムなどの特殊スポーツカーをも含め、参加した全ての超高性能車を大差で破り「本気で加速する大型バイクには、最速のロードカーでさえ付いていくことは不可能だ」との評価を受けた。なお、テストライダーのニール・マッケンジーは圧倒的な勝利にもかかわらず、1速で155km/hまでしか出ないことに不満をもらしたと記されている。(翌年号のテストにおいてレーシングフォーミュラーマシン(A1グランプリカー)に破られた。)以下のカラーバリエーションで発売された。限定仕様としてヨーロッパ限定色ソリッドブラック×マットブラックNo.2が発売され、カラーバリエーションが以下のように改められた。2007年にシリーズ3回目となるフルモデルチェンジを受けた。EUの自動車排出ガス規制に対応するため、今回もセンターアップマフラーは採用せず両側出しマフラーとした。この結果、乾燥重量は172kgと先代から6kg増加しているが、エンジンも185PSまでパワーアップされ、パワーウエイトレシオは0.93kg/PSと、先代とほぼ同値をキープしている。また、走行場面に応じエンジン出力特性を3つのモードに切り替え可能な機構(S-DMS)を搭載した。2007年7月29日、2007年モデルは鈴鹿8時間耐久ロードレースで加賀山就臣/秋吉耕佑組により、750ccレギュレーション時代を含め、GSX-Rシリーズ初の優勝を飾った。また、この年のJSB1000では渡辺篤がシリーズチャンピオンを獲得した。以下のカラーバリエーションで発売された。カラーバリエーションが以下のように改められた。シリーズ4回目となるフルモデルチェンジを受ける。プロダクト・コンセプトは『The Top Performer』主な変更点として下記があげられる。エンジンは前モデルまでは、2000年型GSX-R750のストロークを延長したものを改良し使用してきたが、新設計となったことによりショートストローク化している。エンジン出力は前モデルと同様の185PSとなっている。前モデルと同様の両側出しマフラー、S-DMSを引き続き搭載しており、3つの出力特性に切り替えが可能。同年7月26日に開催された鈴鹿8時間耐久ロードレースでは、酒井大作/青木宣篤/徳留和樹組により、2007年に続き2度目の優勝を飾った。以下のカラーバリエーションで発売された。GSX-R1000の25周年記念モデルとして1000台限定でアニバーサリーモデルが発売され、またカラーバリエーションが以下のように改められた。カラーバリエーションが以下のように改められた。2012年には、5回目のモデルチェンジを敢行。基本的な車体構成は先代と変わらないが、エンジンは新開発の軽量ピストンを採用し、圧縮比が12.8:1から12.9:1へと引き上げられた。バルブリフト量やカムも改良され、また排気バルブが耐熱性を考慮してスチール製に変更された。また、クランクケース内の圧力を逃がすベンチレーションホールも面積が拡大されポンピングロスが更に軽減されている。排気系は2007年以降採用されて来た両側出しマフラーが右1本出し4-2-1集合に変更され、軽量化が図られるとともにピークパワー向上に寄与している。以上の改良からピーク時のパワー向上はもちろん中速域のレスポンスの向上が図られており、最高出力発生回転数が500rpm下げられていることからもそれが分かる。またフロントブレーキキャリパーがブレンボ製のモノブロックキャリパーに変更されたるとともにブレーキディスクが耐熱ステンレス化され、ブレーキ系統で130gの軽量化が図られた。さらに前後ホイールも軽量化が図られており、ハンドリング向上に貢献している。以下のカラーバリエーションで発売された。累計100万台生産達成を記念する特別仕様車が初代の発売された1985年にちなんで1985台限定で発売された。カラーバリエーションが以下のように改められた2012年現在、日本向け仕様の発売はされていないため、スズキ子会社の株式会社スズキ二輪はレース向けの「レースベース車」を予約限定で発売している。これは欧州向けの公道用車両にヨシムラジャパンのレースキットを付属して販売するものである。なお販売は株式会社スズキビジネスによりスズキ系列のレーシングプロショップ限定で行われており、車両を登録して公道を走行させることはできない。
出典:wikipedia
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