苗場スキー場(なえばスキーじょう)は、新潟県南魚沼郡湯沢町にあるスキー場である。旧コクドの経営を引き継いだ株式会社プリンスホテルが運営している。東京から近い上、湯沢地区のなかでも一番の標高差があることで人気が高いとされる。豪雪地帯の湯沢地区のスキー場の中でも一番内陸側にあり、標高が高いため良質の乾いた雪が降る。当時の西武グループの総帥だった堤義明が自ら音頭を取り、筍山(標高1,789.7m)を買い取って一大リゾート地を建設する構想を企画し、1961年に苗場国際スキー場という名称でオープンした。実際には右下写真のように、苗場山山麓に存在しているわけではなく、苗場プリンスホテルを中心にゲレンデが構成されている。初心者から上級者向けまでバラエティーに富んだゲレンデが存在し、スキースクールも行われている。スキー用品のレンタルや宅配便で送るサービスもある為、手ぶら来場することも可能である。またプリンスホテルやゲレンデ(浅貝含む)のスキーチケット売り場、プロショップ、コンビニエンスストア、おサイフケータイを使用したiDなどでチケット等が購入可能となっており財布を持たずにスキーができるような工夫もされている。また、2002年に近隣のかぐらスキー場(旧 かぐら・みつまた・田代スキー場)との間に世界最長のゴンドラ(区間全長は5,481m)である「苗場・田代ゴンドラ」(ドラゴンドラ)が設置された。これにより苗場からかぐら・みつまた・田代の各スキー場にアクセスすることが可能になっており(スキーのオフシーズンでは観光用として利用されている)、全てのスキー場を総称して「Mt.Naeba」とも呼ばれる。毎年、苗場でライブを行う松任谷由実が「ドラゴンドラ」を命名したほか、彼女がライブを行なうスペース「ブリザーディウム」も彼女の命名である。松任谷由実が30年以上にわたってライブを続けている他、1999年からはフジロック・フェスティバルの会場ともなっている。営業期間が比較的長いのも特徴の一つである。外気温の低下に依存しないスノーマシン(人工降雪装置)の導入によって営業開始時期が早まり、11月上旬から営業を開始することもあった。かぐらスキー場についで営業期間も長い。春スキーの期間が比較的長いのも特徴の一つで、かつては5月中下旬頃まで営業していたこともあった。近年では、、春の営業期間は縮小傾向にある。 最も遅い時期は、毎日22時(週末は23時)まで営業しており、群馬県・新潟県の近隣のサラリーマンなどが日中の仕事を終えてから訪れる者も少なくなかった。しかし、近年利用者が少なくなっている影響で営業時間短絡を迫られた。更に2013年ごろ通常時のナイタ―で運行するリフト本数が1本まで減らされた。。。また、筍山は。1987年公開の映画「私をスキーに連れてって」を契機とするスキーブームの時期は、ピーク時は年間約380万人の来場者数を誇った。当時、正月三が日の人出ランキングでも「明治神宮」「東京ディズニーランド」と並んで上位の常連であった。近年は当時の1/3程度となっているが、それでも単一のスキー場の来場者数は1位である(エリアとしては志賀高原スキー場が1位)。スキー場利用者に最適化されたホテルで、ゲレンデに隣接している。ゲレンデ側の部屋からは美しいナイターのライトアップが楽しめる。ファミリー、カップルなどそれぞれに適した宿泊プランがある。バブル景気時のスキーブームの時などは、クリスマスや正月の予約は夏の時点で予約がいっぱいになることが多かったが、、バブル景気が終わった1990年代前半のスキーブームの終焉とともに来場者が減少し、2010年には小中学校の夏休み期間を除いて夏季営業を停止した。現在も夏休み期間と冬季の営業は行うものの、利用者数はスキーブームのころと比べ激減しており、年始年末を除くと予約を取りやすくなっている。苗場プリンスホテルのほかにも多くの宿泊施設やリゾートマンションがゲレンデ周辺には存在する。日帰り専用駐車場側にある、スキーセンターで、更衣室、待合室、コンビニエンスストア、ロッカー、温泉や足湯などの施設がある。託児所、授乳室、レンタル個室などが用意されている。ゲレンデ、プリンスホテル内あわせて30近くのフードコーナーがある。寿司、蕎麦、イタリアン、中華料理、ラーメン、焼肉、ステーキ、フレンチからファーストフードやショットバーとほとんどのジャンルがそろっている。
出典:wikipedia
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