レッツゴーキリシマとは日本の競走馬である。おもな勝鞍は2010年の関屋記念。2006年(1歳時)「マルシンアモンの17」の名でセレクションセールに上場され、このときは買い手がつかなかったが、のちに本馬の兄ゴウゴウキリシマを所有する西村新一郎の所有となり、九州地方で育成を受けた。2007年8月12日、デビュー戦で勝利する。次に小倉2歳ステークスに出走するが、5着。9月のききょうステークスで2着、10月に2勝目を挙げた。11月、京王杯2歳ステークスに出走し、アポロドルチェ、ドリームシグナルに次ぐ3着。第59回朝日杯フューチュリティステークスでは単勝10番人気ながらもゴスホークケンに次ぐ2着と、堅実な成績で2歳シーズンを終えた。2008年は、きさらぎ賞で始動し4着だった。続くスプリングステークスでは9着、皐月賞では5着、NHKマイルカップは9着だった。日本ダービーでは逃げたが、最後の直線で後続馬に捕らえられ13着に敗れた。その後、初の古馬との対戦となる京成杯オータムハンデキャップに出走、10番人気だったが、2着と好走した。続く富士ステークスでは5着、キャピタルステークスでは1番人気に支持されたが4着に敗れた。続く阪神カップでは10着と大敗した。2009年は、小倉大賞典で始動し4着だった。続く中京記念では3着と好走した。しかし、4月5日のダービー卿チャレンジトロフィーでは中団からレースを進めるも、失速して13着という結果に終わった。5か月の休養をはさみ、9月13日のレインボーステークスに1番人気で出走、逃げ切り勝ちを収め3勝目を挙げた。続く11月1日のカシオペアステークスでも逃げ切り勝ちを収め4勝目を挙げた。そして11月21日の福島記念に1番人気で出走、いつも通りの逃げを見せるも直線で失速し7着に敗れた。2010年は、福島記念後長期休養を経て、関屋記念で始動した。スタートから先頭で走り、最後の直線でも粘り通し、逃げ切りで重賞初制覇となった。しかし、その後の毎日王冠を目指しての調教中に左脚浅屈腱炎を発症。全治1年以上と見込まれたが、現役続行を目指して幹細胞移植手術を行い、療養に入ることとなった。長期休養を終えて2012年6月10日のエプソムカップで復帰したが最下位の18着。続く中京記念では逃げたが失速して最下位の16着に敗れた。関屋記念でもいつも通りの逃げを見せるもブービーの17着。8月17日付けで競走馬登録を抹消された。引退後は千葉県香取市のオークリーフで乗馬になる。祖母マルゼンキールの半兄に顕彰馬のマルゼンスキーが、いとこに浦和記念の勝ち馬のブルーラッドがいる。母マルシンアモンは競走馬時代に地方競馬で2勝を挙げた。2010年時点では北海道・むかわ町内の牧場に繋養されている。産駒は2010年8月時点で11頭おり、中央競馬で15勝を挙げている。このうち5番目の産駒ゴウゴウキリシマが重賞のシンザン記念を、7番目の産駒である本馬が関屋記念を勝ったほか、6番目の産駒ゴールドキリシマもオープンクラスの競走・京都2歳ステークスで勝利した。それら3頭はいずれも馬主の西村新一郎が所有しており、その冠名「キリシマ」を競走馬名に含むことから「キリシマ(三)兄弟」と呼ばれる。母の産駒(本馬の兄弟)は以下のとおり。
出典:wikipedia
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