第16代総選挙(だいじゅうろくだいそうせんきょ)は、大韓民国国会の国会議員を選出するために、2000年4月13日に行なわれた韓国における選挙で、1948年5月の初代総選挙から数えて16回目となる。韓国では選挙回数を「第○回」ではなく「第○代」と数える。また名称も「総選挙」()ではなく、「総選」()と表記するのが一般的である。国会議員の任期満了に伴って実施された選挙である。1997年の大統領選挙で当選し、翌年大統領に就任した金大中大統領の「国民の政府」への中間評価として位置付けられ、2000年1月に新政治国民会議を改編する形で発足した与党・新千年民主党(以下、民主党)と野党・ハンナラ党との間で第一党の座をめぐる激しい選挙戦が展開された。また韓国の選挙史上初めて、候補者の前科記録や納税実績及び財産、そして兵役と言った記録の公開が中央選挙管理委員会によって行なわれ、市民団体による落選運動が広く展開されたことも注目された。他にも386世代(30代で、80年代に学生運動を経験した、60年代生まれの世代)がどの程度台頭するかにも注目が集まった。選挙の結果、ハンナラ党と民主党が共に議席を増やし、民主化移行後の韓国国会において初めて選挙を通じての2大政党の構図が出現することになった。与党民主党は選挙前の98議席を上回る115議席(地域区96議席+全国区19議席)を獲得したが、第1党の座をハンナラ党から取り返すことは出来なかった。第一野党のハンナラ党は133議席(地域区112議席+全国区21議席)を獲得して第1党の座を死守し、過半数の137議席に後4議席にまで迫った。選挙前に50議席を有していた自由民主連合(自民連)は議席を大幅に減らして院内交渉団体の資格を確保するために必要な20議席をも下回る17議席(地域区12議席+全国区5議席)と惨敗した。その他の政党ではハンナラ党から公認されなかった議員が中心となって結成した民主国民党(民国党)は2議席(地域区1議席/全国区1議席)に留まり、選挙前の10議席から議席を減らした。進歩主義・左派系政党として21の地域区に候補を擁立して選挙に挑んだ民主労働党は、一部の地域区で接戦になったが、当選者を出すことは出来なかった(得票率1.2%)。今回の選挙でも嶺南地方(慶尚北道・慶尚南道)と湖南地方(全羅北道・全羅南道)の地域主義に由来する政治構図がはっきりと出る結果となった。ハンナラ党は嶺南地方に割り当てられた65議席中64議席を獲得、民主党は湖南地方の29議席中25議席を獲得、残る無所属の4議席も民主党系なので、両党ともそれぞれ地盤としている地域で議席をほぼ独占した。一方、自民連の地盤であった忠清道と大田では、自民連が議席を減らし、ハンナラ党と民主党で議席を分け合う結果となった。ソウルを含む首都圏では民主党がハンナラ党を制した。前回の第15代総選挙で、30代の当選者は7人が当選しただけだったが、今回は13人が当選した。また、女性当選者は今回、全国区候補者の30%以上を女性候補とすることを政党に課したクォーター制が導入されたこともあり、地域区と全国区、合わせて16人が当選し、前回の選挙での女性当選者が9人を上回り健闘した。議席全体の割合で見た場合では6%弱でわずかであるが、1973年の第9代総選挙の12人・5.9%を上回った。尚、地域区での女性当選者の内、ハンナラ党の朴槿恵(大邱市)と民主党の秋美愛(ソウル市広津区)は再選であるが、地方区における女性議員が再選を果たしたのは、88年4月の総選挙以来12年ぶりのことである。
出典:wikipedia
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