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鈴ヶ森おはる殺し事件

鈴ヶ森おはる殺し事件(すずがもりおはるごろしじけん)とは、1915年(大正4年)4月30日に鈴ヶ森刑場跡で発生した殺人事件。被害者の愛人が容疑者として逮捕されたが、真犯人が名乗り出た。大正時代を代表する冤罪事件でもある。鈴ヶ森刑場跡の砂風呂旅館の娘、おはる(当時26歳)が、旅館と隣接する鬼子母神堂の敷地内で他殺体となって発見された。直接の死因は窒息死だが、死後、目や胸や陰部を鋭利な刃物で刺されていた。警察は殺害の動機を痴情のもつれと判断。おはるには大勢の愛人がいたが、愛人のひとり(当時37歳)が逮捕された。おはるから別れ話を切り出されて暴れて拒んでいたこと、そして事件発生時、鋭利な刃物を携帯して現場を通っていたことなどの事実を警察に突きつけられるも、愛人は最初、頑として無罪を主張し続けるも、一ヵ月後、自白供述を始める。愛人の自白によると、おはると肉体関係を結んでから、二人で成田山新勝寺にお参りに行って、「変心するようなことをしたら、莫大な違約金を支払う」と約束。だが、愛人は誓いを破って、おはるの妹とも肉体関係を持ってしまう。おはるが冷たくなり、事件当日、彼女の旅館で酒に酔った勢いでおはると言い合いから殴り合いの喧嘩となり、暴れて騒ぐおはるを黙らせようと頭を押さえつけていると、死んでしまっていた。おはるの遺体を海に遺棄しようとするが、重くて鬼子母神堂の敷地内までしか運べず、そこで陰部などを突き刺して恨みを晴らして逃げた。実は愛人は拘置所で、もうすぐ大正天皇の即位式があるから、大赦で出られるから、何とでも言っとけと唆され、いったん上のような自白をしたが、やがて警察の拷問で嘘の自白をしたと変える。別件の強盗殺人で逮捕された前科六犯のI(当時41歳)が警視庁から厳しく追及され、鈴ヶ森おはる事件も自分がやったと供述を始める。Iの自白によると、盗みに入る家を物色しながら9時から10時の間に鈴ヶ森に到着。掛け茶屋の床机に腰掛けてタバコをくゆらせながら物思いに耽っていると、目の前を二人の美しい女性が通り過ぎていくも、ひとりだけ帰ってきた。彼女こそおはるであり、Iは強姦しようと羽交い絞めにして、人気のない鬼子母神堂の裏まで引きずっていくと、すでに彼女は死んでおり、痴情のもつれで殺人が起こったように見せかけるため、陰部などを刃物で突き刺した。当日、おはるといっしょに歩いていた芸者の証言より、Iの自白に秘密の暴露があり、また彼の所持していた刃物など物証から、Iが真犯人に違いないとして東京地検がIを起訴。おはるを殺した罪で起訴された人間は2人となった。「鈴ヶ森事件の犯人が逮捕され、いずれ死刑になることを知った。私が黙っていれば無罪の人間が死刑となってしまっては可哀想だ。数え切れないほどの罪を犯してきたが良心はある」(Iの証言より)

出典:wikipedia

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