トニー・ブラウン(Tony Eion Brown, 1975年1月17日 - )は、ニュージーランド出身の元ラグビー選手、指導者。ポジションは、ファースト・ファイブ・エイス。バルクルーサ出身。ダニーデンのキングス・ハイスクール及びオタゴ大学卒業。1995年から2004年までNPCオタゴ代表に選出され、1996年から2004年までスーパー12(現・スーパーラグビー)ハイランダーズに所属。オタゴでは71キャップ、847得点、ハイランダーズでは83キャップ、817得点。1999年から2001年までラグビーニュージーランド代表(オールブラックス)に選出され18キャップ、5トライ、171得点。同世代のファースト・ファイブ・エイスにアンドリュー・マーティンズ、カルロス・スペンサーといった世界的なスター選手がいたためオールブラックスでのレギュラー定着は叶わなかった。2005年からトップリーグ三洋電機ワイルドナイツに所属。ワイルドナイツでは30キャップ、380得点。2006年には南アフリカのシャークスへ短期移籍し8キャップ、73得点。2007-08シーズン終了後には南アフリカのストーマーズで短期間プレーした。ワイルドナイツの2007-08シーズンのリーグ全勝、日本選手権優勝に大きく貢献し、3シーズン連続で、トップリーグベストフィフティーンに選ばれている。2008-09シーズンも引き続きワイルドナイツでプレイを続けていたが、2008年10月25日の近鉄ライナーズとの試合中に、近鉄のキャプテン、ルーク・トンプソンのタックルを腹部に受けたのがもとで、外傷性膵炎を起こし、一ヶ月余りに及ぶ入院生活を余儀なくされたが、マイクロソフトカップ決勝で復帰。日本選手権では主にリザーブメンバーとして出場し、特に決勝では後半から投入されて試合の流れを変え、ワイルドナイツの日本選手権連覇に大きく貢献した。2011年に現役を引退し、ワイルドナイツバックスコーチ兼ファースト・ファイブ・エイス(プレイングコーチ)を務めた。現在もワイルドナイツにはアドバイザーとして関わっている。ワイルドナイツのチームメイトで同じポジションだった入江順和は、彼にあやかり「リトル・ブラウン」と呼ばれていた。2012年にオタゴ代表ヘッドコーチに就任。チームを2年連続プレーオフに進出させる。2013年からハイランダーズの攻撃担当アシスタントコーチに就任。2015年のスーパーラグビー優勝に貢献した。2017年から日本代表ヘッドコーチ就任によりハイランダーズヘッドコーチを退任するジェイミー・ジョセフの後任としてハイランダーズヘッドコーチに就任予定。日本代表アタックコーチに就任予定。2016年11月からスポットコーチとして日本代表に参加。2017年のスーパーラグビー終了後に日本代表に専念するとみられる。
出典:wikipedia
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