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高石かつ枝

高石 かつ枝(たかいし かつえ、1946年(昭和21年)7月18日‐)は昭和期の歌手。本名伊藤 宏子(旧姓山崎 宏子)。1960年代を代表する青春歌謡歌手の一人であるが活動期間は1962年(昭和37年)~1968年(昭和43年)と短い。高石のリリースした作品には、レコード会社所属時期によって特徴が見られる。コロムビア時代は戦前の歌謡曲のカバーと抒情歌的な作品、クラウン時代は青春歌謡、テイチク移籍後は脱アイドル・大人路線、といった傾向である。ただ、全期間を通じて、民謡、演歌、コミカルソング、タンゴ調の曲、青春歌謡、抒情歌等、ジャンルが多岐に亙って総花的であり、このことが、結果としてファン層を絞りきれなかった一因にもなっている。全国の地名をモチーフにした所謂”ご当地ソング”が多いのも、そうしたファン層見極めの試行錯誤の一つであったと考えられる。高石は、一年余り遅れてデビューした本間千代子とよく対比される。だが、本業が東映女優でもあった本間が、早くからアイドル路線を確立させ若い男性中心に支持を得ていたのに対し、高石は戦前歌謡を知る年齢層をターゲットにスタートしながら、結果的に対象を見極めきれずに終わった。また、本間は現在、ラジオ出演などにより再びメディアに復帰して活躍しているが、高石は引退後(特に1980年代前半にカムバックした後の引退以降)、活躍の場が殆ど無い。なお、2010年9月に、高石、本間に加えて高田美和を含めた合同カップリングCD(詳細は後記「その後」「脚注」を参照)が発売されている。神奈川県横須賀市出身。幼少の頃より童謡歌手としてテイチクで活躍し、1960年(昭和35年)より万城目正歌謡音楽院で本格的に歌謡曲を勉強した(ちなみに、万城目正は、高石のデビュー曲「旅の夜風」の作曲者である)。また、小学校5年生のとき、ある服飾雑誌の少女ファッション・モデルに応募して合格、このときの合格者の中に、小学校4年生だった和泉雅子がいたという。1962年(昭和37年)、松竹「愛染かつら」の再映画化に際し、ヒロインの名前をとった歌手「高石かつ枝」募集に合格。同映画主題歌「旅の夜風」で日本コロムビアからデビュー。この後、同曲でコンビを組んだ藤原良と数枚のデュエット曲をリリースしている。1963年(昭和38年)、白川由美主演の東宝映画「林檎の花咲く町」に女子高校生の役で出演し、人気を確立した。彼女が歌う同名の主題歌もヒットし、年末の第14回NHK紅白歌合戦に初出場した。この年、華々しくデビューした舟木一夫が学生服で出場、高石かつ枝もセーラー服で出場して話題になった。この第14回紅白は映像が現存し、高石の歌唱シーンも含め全編がNHKBS-2で再放送されている。この年、十和田湖の乙女の像の完成にちなんで作られた詩人・佐藤春夫による「湖畔の乙女」のレコード化が10年目にして企画され、高石かつ枝によりレコーディングされた。佐藤春夫自ら指導するなど、コロムビアも力を入れた企画であったが、高石のクラウン移籍問題で中絶。その後、「湖畔の乙女」は、本間千代子によりリリースされた。又、舟木一夫とのデュエットで「東京新宿恋の町」もレコーディング予定されていたが、同移籍問題で中止となり、結局舟木一夫単独で吹込まれ1964年(昭和39年)4月コロムビアより発売されている。1964年(昭和39年)2月北島三郎、五月みどり、小林旭、守屋浩らとともに新興会社・日本クラウンに引き抜かれて移籍。日本クラウン在籍の1年余の期間に16枚のシングルをリリースした。これは、同年デビューした西郷輝彦のシングル発売枚数を上回り、北島三郎と並ぶ実績である。だが、1965年(昭和40年)6月、当時政財界をゆるがせた疑獄事件吹原産業事件の渦中にあった吹原社長から自宅の提供や宝石の贈与、レコード5000枚の買い取りなどを受けていたことが発覚した。6月23日、日本クラウンは契約破棄を通告し、高石は一時芸能界から追放された。その後、テイチクに移り1965年(昭和40年)11月から1968年(昭和43年)9月にかけて十数枚のシングルをリリースしたが、目覚しいヒットには恵まれなかった。1968年(昭和43年)、設備機器メーカー(現株式会社チャンピオン)の御曹司だった伊藤祐吉と結婚、芸能界を引退した。伊藤はプロ野球の王貞治の早稲田実業学校時代の同級生で、彼女のショーにゲスト出演した王の仲介があったといわれている。長いブランクを経て、1980年(昭和55年)に「女絵」を、また、1984年(昭和59年)に中国残留孤児を歌った「風の子守唄」をコロムビアから出している。芸能活動中断中も、萩本欽一司会の「オールスター家族対抗歌合戦」(フジテレビ系列 日曜20:00~20.54)など、いくつかの番組にゲスト出演している。また、懐メロ番組にも何度か出演し、「旅の夜風」を霧島昇とデュエットしている(1979年7月「夏の紅白大行進」、1982年12月「年忘れにっぽんの歌」など)。彼女が準主演してヒットした映画「林檎の花咲く町」は、DVD化されていないため視聴は難しいが、2008年9月にCS放送の日本映画専門チャンネルで放映された。2010年9月17日に日本コロムビアから、「青春スター ~ときめきのヒロイン~ 本間千代子・高石かつ枝・高田美和」が発売された。高石かつ枝の作品はコロムビア時代の40曲が収録されており、彼女初の本格CD-BOXといえる。 尚、今回のCDには、未発表作品7曲が録音後47年目にして初公開されている。シングル盤  - 日本クラウンへ移籍 -  - 吹原事件でクラウンを解雇となる -  - 結婚により引退 -アルバム  シングルカットされていない「純情二重奏」他8曲収録  (リンゴの唄、初恋、十九の春、こでまりの花、悲しき竹笛、リンゴの花咲く町、あざみの歌、矢車草と初恋と)  (アカシヤが好き、水色の風が吹く朝、オリーブの島、私は言うの、うれしい頃は花一ぱい、乙女の夢は赤い花、この花を誰に、湖畔のホテル)  (ゆりかごの歌、村まつり、七つの子、どんぐりころころ、春よこい、めえめえ小山羊、うさぎ、ちょうちょう、夕やけこやけ、雀の学校、ずいずいずっころばし、チューリップ、つき、仲よし小道)  (こっちを向いて、日傘の中の恋人、ここに花咲く、大空をみつめて、君の名を呼ぶ、花の山脈、ささやきのダンス、花はふたたび、カトレアの花は咲いたけど、いつまでも愛して、クリスタル・ラブ、あの人はあの人は)その他   藤原良、青山和子、コロムビアローズと。 A面は面高陽子「バンザイ東京オリンピック」  シングルカットされていない「はまなす乙女」「青い星のワルツ」他8曲収録 −−14 ^2004年(平成16年)4月高石かつ枝の娘(長女)綾子芸名Aayah(アーヤ)スタンダードナンバーを中心としたジャズシンガーデビューしている。主に活躍の場は結婚式や企業のイベントなど。アメリカに在住する(次女)愛子と2012年(平成24年)iTunesよりデュエット曲「クロス・トゥ・ユー」を発売している。

出典:wikipedia

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