ヴィンチェンツォ・ニバリ(Vincenzo Nibali、1984年11月14日- )は、イタリア・メッシーナ出身の自転車競技選手。ニーバリとも表記される。愛称は『海峡のサメ (lo squalo dello Stretto)』。誕生日の11月14日はベルナール・イノーと同じ (イノーが30年早く生まれている)。その後、ツール・ド・フランスには参加せず、ブエルタ・ア・エスパーニャに照準を定めることになった。第8ステージ終了時点で、総合首位のイゴル・アントンにわずか2秒差の総合3位に浮上。アンドラのバルノリュがゴールの第11ステージではアントンに完敗し45秒に差を広げられるが、総合2位へと浮上した。そして転機が第14ステージにやってくる。同ステージ残り約6.5km地点でアントンが転倒。右肘骨折のため途中棄権となってしまった。ニバリは区間優勝のホアキン・ロドリゲスに20秒差の区間2位で入り、総合ではロドリゲスに4秒差ながらも首位に立った。その後、第16ステージでロドリゲスに総合首位の座を明け渡したが、第17ステージの個人タイムトライアルにおけるロドリゲスの大ブレーキにより、総合2位に浮上したエセキエル・モスケラに39秒差をつけ再び総合首位へ。最後のクライマックスとなった山岳コースの第20ステージでは、モスケラの再三のアタックを封じ、区間優勝をモスケラに譲ったものの、1秒差の区間2位でゴールし決着をつけた。結果、区間優勝は一度も経験できなかったが、ブエルタ初出場で総合優勝(コンビネーション賞も獲得)を成し遂げた。第2ステージで2位以下に2秒の差を付けステージ優勝してマイヨ・ジョーヌを獲得。第9ステージのみトニー・ギャロパンにマイヨ・ジョーヌを譲ったが、その他のステージではマイヨ・ジョーヌをキープ。第10・13・18ステージでもステージ優勝を果たし、2位のジャンクリストフ・ペローに7分37秒という大差を付けて総合優勝。史上6人目となるグランツール完全制覇を果たした。
出典:wikipedia
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