


メルボルン (HMAS Melbourne, R21) は、オーストラリア海軍の航空母艦。元はイギリス海軍のマジェスティック級航空母艦1番艦、マジェスティック ("HMS Majestic, R77") であった。マジェスティックは1943年4月15日にバロー・イン・ファーネスのヴィッカース・アームストロング社で起工し、1945年2月28日に進水した。建造は1946年5月に中断されたが、1947年に姉妹艦のテリブル ("HMS Terrible, R93") と共にオーストラリア海軍への売却が決定し、建造は1949年に再開した。しかしながら、空母の最新技術であるアングルド・デッキ(5.5度)や蒸気カタパルトを導入したため、就役まで6年の作業を要した。1955年10月28日、トーマス・ホワイトオーストラリア総督の夫人によってメルボルンと改名され、オーストラリア海軍旗艦として就役した。また、1962年5月に親善訪問として日本の長崎、呉、神戸、横浜に寄航した経歴がある。1964年2月10日午後9時頃(日本時間午後8時頃)、メルボルンはニューサウスウェールズ州沖合のジャーヴィス湾で公試中にデアリング級駆逐艦「ヴォイジャー」とを起こす。この事故でヴォイジャーは約3時間後に沈没し、82名が死亡した。1969年6月3日には南シナ海においてアメリカ海軍アレン・M・サムナー級駆逐艦「フランク・E・エヴァンズ」とを起こし、エヴァンズは艦首部分が切断、74名が死亡した。両方の事故とも、夜間にステーション任務にあったメルボルンの艦首を駆逐艦が横切ったために発生し、駆逐艦の操艦ミスが原因だったと考えられる。メルボルンは1980年代初めに修理が必要となった。しかしながらオーストラリア政府はイギリスから新たな空母の購入を決定した。メルボルンは1982年6月30日に解役され、シドニーで保管された。その後1985年2月に中国造船連合公司に売却され、大連で解体されたが、中国の空母研究に貢献したと疑われる。
出典:wikipedia
LINEスタンプ制作に興味がある場合は、
下記よりスタンプファクトリーのホームページをご覧ください。