ニュージーランド (HMS New Zealand) はイギリス海軍の巡洋戦艦でインディファティガブル級の一隻。20世紀初頭はイギリス海軍の増強に次ぐ増強を重ねており、イギリス帝国の諸国も支援を求められた。当時のニュージーランドの首相ジョセフ・ワードは1906年に、ニュージーランドも戦艦建造の資金を出すと発表した。その結果1909年度海軍計画に於いて「オーストラリア」と共に建造されたのが巡洋戦艦ニュージーランドである。しかし、ニュージーランドの港湾能力や国防予算では巡洋戦艦を維持できないので就役後は本国に寄贈された。フェアフィールド社で1910年6月20日起工。1911年7月11日進水。1912年11月23日就役。建造費用は178万3190ポンドであった。1913年にニュージーランドは10ヶ月かけてイギリスの自治領を巡った。その後グランドフリートの第1巡洋戦艦戦隊に編入され、ヘルゴラント・バイト海戦に参加した。1915年1月15日にニュージーランドは第2巡洋戦艦戦隊旗艦となった。その翌週、ニュージーランドはドッガー・バンク海戦に参加した。この海戦でデイヴィッド・ビーティー提督の旗艦である巡洋戦艦ライオンが損傷したため、ニュージーランドがビーティーの旗艦となった。1916年4月22日、ニュージーランドは北海で霧の中巡洋戦艦オーストラリアと衝突した。ニュージーランドは5月30日に艦隊に復帰し、ユトランド沖海戦に参加した。この海戦でニュージーランドは420発の12インチ(30.5cm)砲弾を発射した。また、X砲塔に11インチ砲弾が命中したが当たった角度がよく大きな損害はなく死傷者も出なかった。1916年9月に再び第2巡洋戦艦戦隊に編入された。同年11月からロスサイスで修理を行い、その後第1巡洋戦艦戦隊に編入された。1917年11月17日、第2次ヘルゴラント・バイト海戦に参加。1922年にワシントン海軍軍縮条約に基づき退役。翌年解体。
出典:wikipedia
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