淵上 澄雄(ふちがみ すみお、1948年1月8日 - )は、岐阜県出身の元プロ野球選手。ポジションは投手。岐阜短大付属岐阜高校では、エースとしての春の選抜に出場するが、1回戦で東農大二高に完封負け。同年夏の甲子園県予選を勝ち抜き、三岐大会でも決勝に進出するが、海星高に敗退し甲子園出場を逸する。同年の岐阜国体に出場、決勝に進むが銚子商の木樽正明に抑えられ、準優勝にとどまる。1965年ドラフト会議で大洋ホエールズから3位指名を受け入団。には、ローテーションの谷間ではあるが、6先発を含む25試合に登板し3勝を記録した。同年はイースタンリーグに12試合登板、防御率0.13という驚異的な成績をマークしている。その後は出番に恵まれず、オフに池田重喜と共に、飯塚佳寛と平岡一郎との交換トレードでロッテオリオンズに移籍。ここでも一軍での登板機会はなく、限りで引退した。右の本格派で外角低めの速球に威力があり、この球でカウントを有利にした後、切れの鋭いシュートで勝負した。また大きなカーブやシンカー、ナックルも武器であった。
出典:wikipedia
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