初桜(はつざくら)は日本海軍の駆逐艦。仮称5522号艦、橘型(改松型)駆逐艦の1艦として横須賀海軍工廠で建造された。艦名は「その年初めて開いた桜の花、また、咲いてまもない桜の花」のこと。竣工後、訓練部隊の第十一水雷戦隊(高間完少将・海軍兵学校41期)に編入され、特令あるまで待機を行うよう命じられ、6月4日付で「潮」とともに横須賀鎮守府部隊に編入され、そのまま無傷で終戦を迎えた。8月27日、連絡のため相模湾で連合国の艦隊と会合した。その時の写真が残されている。9月15日除籍。12月1日特別輸送艦に指定され、復員輸送に従事。その後、ソ連へ賠償艦として引き渡すことになり、1947年(昭和22年)7月5日には佐伯にて「風のある、軽薄な」という意味のヴェートレンヌイ(ロシア語:'ヴィェートリェンヌィイ)に改称され、艦隊水雷艇(駆逐艦のこと)としてソ連海軍へ編入され、7月29日、ナホトカでソ連側に引渡され、1947年8月中旬にはウラジオストクへ回航された。10月22日には艦名は「表情豊かな、意味深長な」という意味のヴィラジーテリヌィイ('ヴィラズィーチェリヌィイ)に改称された。ヴィラジーテリヌィイとなってよりは1949年までウラジオストクに係留されたが、同年3月中旬には標的艦に類別を変更された。6月17日には、TsL-26(ツェエール・ドヴァーッツァチ・シェースチ)に改称された。「TsL」は「標的艦」()の略号であるので、「第26号標的艦」といった意味になる。は、1951年から1953年にかけてソヴィエツカヤ・ガヴァニにあった第199造船工場の施設にて中期修理を受けた。これにより、同型艦とあわせて標的艦仕様に改修された。1959年2月19日には退役し、解体された。ヴェートレンヌイという名称を持つ駆逐艦はその後は建造されなかったが、ヴィラジーテリヌイの艦名は30-bis号計画型駆逐艦に受け継がれた。
出典:wikipedia
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