LINEスタンプ制作代行サービス・LINEスタンプの作り方!

お電話でのお問い合わせ:03-6869-8600

stampfactory大百科事典

君島一郎 (野球研究者)

君島 一郎(きみじま いちろう、1887年(明治20年)4月16日 - 1975年(昭和50年)4月25日)は、日本の銀行家、野球研究者。元朝鮮銀行副総裁。1887年4月16日、栃木県那須郡黒羽町生まれ。旧制第一高等学校では野球部に所属。東京帝国大学卒業後の1912年、日本銀行入行。検査役、調査役、支店長、文書局長を歴任。1940年~1945年、朝鮮銀行副総裁を務めるが、敗戦後、1947年から1951年まで公職追放となる。その後財団法人友邦協会会長となり、在任中、勲二等旭日重光章を受章。1971年1月、学士会会報710号に「日本野球発祥の地-それは今の学士会館本館敷地」を発表。1972年、「日本野球創世記」をベースボール・マガジン社より刊行。1975年4月25日死去。。第一高等学校在学中、野球部で2年先輩の名二塁手・中野武二(1972年野球殿堂入り)の後継者として1907年、1908年の二年間二塁手をつとめ、第三高等学校、早稲田大学、慶應義塾大学との対抗戦に出場して攻守に活躍した。公職追放後、明治時代の野球草創期の故事解明に情熱を持って取り組み、20年近くの歳月をかけて資料を収集、その資料を基に1971年の学士会会報710号および713号の中で、野球発祥については諸説ある中で「ベースボールが日本に渡来したのは明治5年、発祥の地というべき場所は現学士会館本館敷地である」との見解を明らかにした。また、翌1972年には85歳の高齢にもかかわらず「日本野球創世記」を著作、刊行した。同書は野球渡来の経緯を皮切りに、日本における野球の生い立ちを極めて論理的な、しかも緻密な筆致をもってわかりやすく世に紹介したものである。2009年、特別表彰で野球殿堂入り。

出典:wikipedia

LINEスタンプ制作に興味がある場合は、
下記よりスタンプファクトリーのホームページをご覧ください。