阪神5001形電車(はんしん5001がたでんしゃ)とは、阪神電気鉄道が所有する普通(各駅停車)系向けの通勤形電車(ジェットカー)である。初代5001形を含む非冷房のジェットカー第1世代車の置換えと冷房化の推進を目的に、1977年から1981年にかけて32両が製造された。同社において5001形を名乗る形式は、これが2代目である。阪神の車両冷房化は急行系7001形・7801形7840 - 7940以降と普通系5261形5271 - 5274が新製投入されたことで始まった。その後急行系車両については1975年までに冷房改造を完了させたものの、急行系車両の冷房化を優先して推進したため、普通系車両の冷房改造は手付かずの状態であった。そのために、この頃唯一の普通系冷房車であった5271 - 5274は、夏季になると乗客が駅に電話を掛けて当日の同編成の運用状況を確認するという事態まで発生するほどの状況になっていた。同時に、ジェットカー第1世代の5001形(初代)や5101・5201形は長年にわたる過酷な高加減速運用で、構造の複雑な直角カルダン駆動装置の保守に手を焼くなど、台車や駆動装置といった足回りの老朽化が著しくなっていた。このため1974年からは5101・5201形の一部車両に対して台車や制御装置の換装を開始したが、ここで普通系車両の冷房化という問題に直面した。当時製造後10年以内であった5261形や5311形といった車両は冷房改造を実施しても長期の運用が可能であるが、製造以来20年近くを経過したジェットカー第1世代の各形式の場合は、耐用年数を勘案すると冷房改造を実施するより、新車で代替するほうが得策であると判断された。そのため、1976年で5101・5201形の台車や制御装置の換装工事を終了し、翌1977年からはこれら非冷房の各形式の代替として本形式を新製投入することとなった。車体は、同時期に製造された3801・3901形3905Fと同一の側面窓配置d1D3D3D2(d:乗務員扉、D:客用扉)、前面は阪神標準の貫通幌付の前面3枚窓で、乗務員室面積を広く確保するために車体長が100mm延長されているが、同編成に設置された前面および側面の行先表示器は本形式には設置されなかった。屋根は先に登場した7001形および7801形3次車ベースの5271 - 5274とは車体形状が異なることから、この4両に比べると少し浅くなっている。屋根上には奇数車には7基、偶数車には6基のMAU-13HA分散式冷房装置を搭載し、偶数車の連結面寄りには下枠交差式のパンタグラフを取り付けた。車内の座席はロングシートで、他の普通系車両と変わりのない車内見付である。この他、5011以降の連結面の窓がHゴム固定式に変更された。2010年現在は全車4連固定編成で運用されているが、5011を含む5009F(5009 - 5010 - 5011 - 5012)では、5009 - 5010間と5011 - 5012間との連結面の窓の形状が異なっている。客用扉の横に付いている縦手摺の端部が5001Fが直角になっているのに対し、5005F以降は丸くなっており、後年製造された5131・5331形でも端部の丸いものが採用されている。台車および足回りであるが、台車は3801・3901形同様住友金属工業製造のS形ミンデン台車であるFS-391Aを装着するが、この台車は5101・5201形が換装を進めていたFS-391とほぼ同じ台車で、本形式のうち後期に登場した車両は5101・5201形の廃車発生品を改造のうえ流用した。車輪径も760mmで従来のジェットカー各形式と変わらない。主電動機も従来のジェットカーでは出力75kWであったが、本形式では出力90kWとされた。こちらも後期車は5101・5201形の廃車発生品を流用している。制御装置は抑速制動つきの抵抗制御であり、同じ時期に冷房改造を進めていた5261形も、5271 - 5274を含めた全車が本形式と同形式の制御器に換装された。本形式の第1編成である5001 - 5002の2連は1977年3月14日に竣功、3月11日付で廃車となった5001形(初代)および「ジェットシルバー」の愛称があった5201形5201 - 5202の代替として、4月に竣功した5003 - 5004の編成とともに本線および西大阪線の普通運用に投入された。また、同年8月までに5261形の冷房改造が完了したことから、本形式は5261形とともに、早朝深夜およびデータイムの西大阪線では2連、それ以外の時間の本線普通およびラッシュ時の西大阪線では4連を組成するなど、冷房車のみで分割併合を実施した。第2編成の登場後しばらく増備はなかったが、11月竣功の5005 - 5006の編成から1979年3月26日竣功の5015 - 5016まで合計6編成の投入によって5101・5201形の台車・主電動機・駆動装置未換装車の代替を完了、3月30日竣功の5017 - 5018の編成からは廃車となった5101・5201形から換装済みの台車・主電動機・駆動装置を流用、新製車体と組み合わせて就役させた。その後は5101・5201形の廃車とともに本形式の新造を続け、1981年1月に最後の5201形が廃車された後、同年3月に本形式最後の編成である5031 - 5032の2連が竣功した。これにより、当初の目標どおり本形式2連×16本によって5001形(初代)、5101・5201形計32両の置き換えを完了した。全車就役後の本形式は、5261形をはじめこの時期までに冷房改造を完了した5151形や5311形、5231形の代替として1981年夏から就役した5131・5331形とともに、形式を問わず前述のような普通系車両の分割併合運用を行っていた。そのため、同形式だけで4連を組んだほか、これらの各形式とも分割併合のうえ4連を組むことも多かった。1987年12月に普通運用が終日4連化されたことに伴い、本形式は続き番号で4連を組成し、2両単位で分割する必要がほとんどなくなったため、1988年から5131・5331形とともに4両固定編成化改造を実施、中間に連結される車両の運転台を撤去し、乗務員扉部分に客用窓を設けて客室に改装したことから、中間車の窓配置は11D3D3D2となったほか、旧運転台部分には簡易運転台が設置された。同時に前面・側面に行先表示器が設置され、前面の貫通幌は撤去されてステンレス製の飾り枠が取り付けられた。しかし、後年登場した2000系とは異なり、前面床下の連結栓は撤去されていない。また、当初改造の5021F・5025Fでは冷房装置の配置に変更はなかったが、改造工事の途中から先頭車最前部の冷房装置をCU-10Hに換装した編成が登場した。この4連化工事は1991年に完了したが、登場後15年前後経過した1994年から保全工事と称する工事を実施、翌1995年にかけて中間車の神戸寄りの座席を2名分撤去し、車椅子スペースの設置やドアエンジンの交換が行われたほか、5021F・5025Fでは先頭車最前部の冷房装置をCU-10Hに換装した。このさなかに阪神・淡路大震災が発生したが、本形式の被災車両はなかった。保全工事終了後は大きな動きの少なかった本形式であるが、2009年3月20日の近畿日本鉄道との相互直通運転に先立ち、2006年度から全在籍車両の先頭車の連結器を、阪神の車両が従前より採用しているバンドン型連結器から、近畿日本鉄道が採用している廻り子密着連結器へ換装することとなった。5013号車を手始めに換装を開始し、2009年までに全車が完了した。2016年6月現在、4両×8編成32両が在籍しているが、初期車は車齢39年に達していることから、2015年度より5700系への置き換え計画がある。デビュー当時現在
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