長洲 忠彦(ながす ただひこ、生年月日非公表 - 2010年5月4日)は、日本の音楽家。東京府東京市出身。前衛音楽からポップスの世界へ転身。テレビ創世記より日本放送協会や民間放送各局の音楽制作に携わる。1957年に東芝音楽工業の専属、その後フリーになり昭和40年代より東京放送(現:TBSテレビ)専属の音楽監督に就任、TBS系列放送の日本レコード大賞、東京音楽祭、日本有線大賞などの大型番組、「トップスターショー・歌ある限り」や「ザ・ベストテン」などのレギュラー音楽番組では必ずと言って良いほど起用され、クラシックの指揮者のようなタクトさばきが大変印象的で、白いタキシード(黒いタキシードの時もあり)を身にまといその気品と風格ある姿がステージに一層の華を添えた。白いタキシードが、印象的だが「シャボン玉こんにちは」、「11時に歌いましょう」ではカジュアルな私服でタクトを持たない事もあった。TBS専属契約後は他局の歌番組でタクトを振る事はなかった。また番組中のファンファーレや受賞シーンで流れる音楽の作曲・編曲も担当した。テレビ番組の傍ら、東放学園の講師、ボランティア活動、日本録音指揮者連盟の事務局長も務めた。音楽祭は、1989年12月1日放送の「発表!日本有線大賞」、他の歌番組は1994年3月放送の「ザ・ベストテン」同窓会IIを最後にテレビでの指揮を降板。最後にテレビで指揮した楽曲は、南野陽子の「話しかけたかった」であった。2010年5月4日に他界。
出典:wikipedia
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