南びわ湖駅(みなみびわこえき)は、滋賀県栗東市に建設が予定されていた東海旅客鉄道(JR東海)東海道新幹線の新駅。設置の是非をめぐる論争の中、2012年開業をめざし2006年6月に建設着工したものの、その翌月に滋賀県知事選挙で建設凍結派の嘉田由紀子が知事に就任、工事は中断された。その後2007年10月28日の促進協議会で結論がまとまらず、基本協定、工事協定等の協定類は同年10月31日をもって終了し、新駅建設は停止された。滋賀県栗東市下鈎地先、東京駅起点452km050m付近(米原から約43.8km、京都から約24.3km)に位置する東海道新幹線の新駅。設置されると東海道新幹線としては18番目の停車駅となるはずだった。この駅が計画された米原駅~京都駅間は68kmあり、駅間の距離が平均30kmの東海道新幹線の中では一番駅間距離が長い区間である。2002年4月、滋賀県・栗東市・促進協議会と東海旅客鉄道株式会社の四者で、東海道新幹線(仮称)びわこ栗東駅設置にかかる『基本協定書』を締結し、新駅設置が正式決定した。2005年12月にはこの関係四者で「東海道新幹線米原・京都間新駅設置に関する工事協定書交換式」を行い、2012年度の開業を目指し2006年5月に着工した。しかし、2006年7月に実施された滋賀県知事選挙で、新駅の「限りなく中止に近い」建設凍結を掲げた嘉田由紀子候補が、当時現職で新駅建設推進派だった國松善次候補を破って当選したのをきっかけとして建設工事は中断となった。滋賀県知事および滋賀県議会の多数派は建設凍結の立場であり、一方、栗東市長および栗東市議会の多数派は建設促進の立場だった。しかし、2006年の栗東市長選や2007年の市議会議員選挙では凍結派+中止派の票数が推進派の票数を上回り、市民の意見が分かれた。最終的には地元合意締結の期限である2007年10月28日の促進協議会で、凍結・中止を求める滋賀県と建設続行を求める栗東市長の意見はまとまらず、10月末を期限としていた地元意見の集約が図れないため、JR東海との工事協定は白紙となり建設中止が決まった。なお、駅名の仮称は計画開始当時は栗東駅(りっとうえき)、東海道本線(琵琶湖線)栗東駅の開業後からしばらくはびわこ栗東駅(びわこりっとうえき)だった。南びわ湖駅という仮称は2006年5月に促進協議会が採用したもの。周辺市からの反発を考慮したものと思われる。なお、付近で交差する西日本旅客鉄道(JR西日本)草津線に接続新駅を設置する予定だった。滋賀県の計画では単に草津線新駅となっており、また当駅の計画の凍結前時点より今日に至るまで着工の見込みが立ったことはない。とはいえ、この草津線新駅自体が新幹線新駅に付帯するため、便宜上この記事で扱うものとする。中央に通過線2線を持つ、下り(新大阪・博多方面)島式・上り(東京方面)片面2面5線。通過線を中央に、ホームをその外側に配置する形は、他の新幹線新駅と同じである。加えて、下り向きのみホームを島式とする。下り二番線は停車列車の雪落としをする前提で、この部分のみJR東海自身が工事を行うことになっていた。この下り二番線は、駅工事に伴って行われる本線工事に利用する仮線を転用する予定だった。当時の滋賀県や推進協議会の説明によると、米原、岐阜羽島と同様に「こだま」と「ひかり」が1時間に片道各1本ずつ停車することを見込んでいた。ただし、JR東海からの正式なダイヤ発表はなかった。新駅設置場所周辺は線路の北側は工場が、南側(駅前広場と都市整備事業による再開発が行われる予定)は田んぼである。工事協定締結により、周辺地主との土地買収契約は終了し、栗東市施行の区画整理事業が始まることになっていた。区画整理事業完成後は、新駅広場南側1.8haに市民交流拠点(市民ステーションや多目的ホールなど)を設ける予定で、また県主導の広域公共公益施設や民間が主体となる諸施設(温浴施設や宿泊施設など)を建設していく計画があった。一方、新駅利用者の中心が自家用車利用によるパークアンドライドになるとされ、新街区と市民交流施設内に1,000台規模の駐車場を整備することが予定された。草津線新駅には駅の東西に広場を設け、うち東側から新幹線新駅への誘導路などができる予定だった。滋賀県内外では、この駅の建設を必要とする見解と不要とする見解とがあり従来から議論が分かれていた。後述の2006年滋賀県知事選挙や栗東市長選挙でもこの駅の建設の是非が争点の中心となった。建設推進派は、この新駅建設による利便性の向上が、将来に渡ってこの地域の発展に必要なものである、という主張である。2010年の国勢調査による人口増減率は、栗東市が6.32%増と高水準で、周辺の守山市(8.10%増)、草津市(8.00%増)も高い伸びを示す。「新駅周辺自治体の発展に対応するためには、新幹線の駅が必要」と主張している。栗東市のHPによる新幹線新駅の必要性と効果は以下の通り。また新駅の計画地周辺は、国道1号や国道8号をはじめとする幹線道路が集中し、自動車の便は極めて良い。そのため自動車で新駅に行く人が多く、当駅利用者は多いと見ている。建設凍結中止派は、利便性の少ない新駅では投資額を回収するだけの経済効果は出ない、と主張する。つまり、この駅が草津線と接続するのみであって(しかもその草津線との乗り換えも上記の通り便利とはいえない)、滋賀県内在来線の最重要幹線である琵琶湖線と接続せず、不便である。実際湖西線沿線・大津市内の住民は京都駅へ、近江八幡市以北の住民にとっては米原駅へ出た方が便利である。しかも東京・博多といった遠隔地に行く場合には、「のぞみ」の停まらない新駅では、結局「のぞみ」の停車する京都駅利用となり、この駅の利用にはつながらない。また、駅へ車でやってくるパークアンドライドの場合でも、現在のところ新駅周辺の道路事情がよくないため、大きな時間短縮にはならない、と見ている。そのため、新駅を利用する住民は実質的に駅周辺と草津線沿線しか見込まれず、建設促進派の需要予測は過大であると主張する。そもそも新駅の経済的効果が高ければ、税金投入による請願駅でなくJR東海が自ら作るはず、という見方である。新駅建設の論点の一つに建設費が高い、ということが挙げられる。この新幹線新駅建設のためには240億円が必要とされている。これまでの最高は三河安城駅の138億円であり、当駅の建設費は日本一高額である。これは、現在盛土であるこの区間を高架橋にした上で新駅を建設するためで、その仮線工事も含んでいるからである。さらに、この高額な建設費をほぼ借金でまかなう、とする計画について、建設促進派と凍結中止派の見方は分かれる。建設推進派は駅開業後10年で投資額に見合う税収入の増加が見込まれるとしているが、凍結中止派は10年での回収は不可能(中止派は回収不能と見ている)としている。滋賀県が2006年10月に行った新幹線新駅の経済効果検証(新幹線新駅の需要予測・経済波及効果の再検証結果)によれば、経済効果をもっとも高く見積もった場合でも10年後の税収増加は投資額以下となり、凍結中止派の主張を裏付ける結果になっている。ちなみに凍結論と中止論の違いは、中止論が駅自体不要としているのに対し、凍結論は将来人口増加や経済規模拡大により地元負担が容易になればその時点であらためて新駅建設を検討するというものである。従って凍結論は新幹線新駅を完全に否定しているわけではなく、税金投入に見合わない、時期尚早という考え方である。滋賀県の動脈である琵琶湖線(東海道本線)とは直接の乗り換えができず、接続駅である草津線新駅からもおよそ400mの距離を歩く必要がある。これは新幹線新駅が草津線との交点付近より北側に離れて設置されるためで、新幹線新駅の南端にも改札があれば約200mに緩和される(新幹線ホームが全長400m)が、建設費が更に高くなるため設置されない。緩和措置として動く歩道が設置される予定ではあるが、乗り換え時間がかかることがネックである。また一方で、周辺は国道1号・国道8号などが通り名神高速栗東ICにも近い道路交通の要衝であり、道路渋滞の発生も多い。車による駅までの移動が時間帯によってはかなり長くなることも予想されている。これらのことから、草津線利用の湖南市・甲賀市域を除く琵琶湖線・湖西線の沿線住民及び同地域へ向かう観光客には、京都駅か米原駅に出る場合に比べて新駅利用の優位性に乏しい。つまり、立地条件が目論見通り生かせるかどうかが、駅の建設推進・凍結中止各派の意見の相違点になっている。-出典:「新幹線新駅(仮称)南びわ湖駅整備計画の概要」滋賀県HP-http://www.pref.shiga.lg.jp/a/shinkansen/keikaku_gaiyo/index.html2006年以降の事項については後述部分も参照のこと。滋賀県や一部自治体は米原-京都間への新幹線新駅設置の可能性を探ってはいたが、組織だった動きは初期にはなかった。ところが、国鉄が民営化されたこととその前後から地元負担による新駅設置事例が急増したこと、さらに東海道新幹線の中に新富士等新駅が誕生したことにより、急速に新駅設置に対する計画が具体化してきた。滋賀県は当初近江八幡市内(武佐地区)と栗東町内において新駅設置を検討していた。が、当時びわこ空港の建設計画があり、結果的に湖東地区(近江八幡)はびわこ空港優先となり、新幹線新駅は栗東町内になった(このいきさつについては、県議会議員が新幹線を譲る代わりに空港も応援を依頼するなどの裏話があったようである。もちろん当時の関係者の談話が漏れ聞こえているだけで、滋賀県からは栗東優先の理由が具体的には示されていない。また結果的にのちの知事選挙に影響を与えたようである。後述参照のこと)。その後、栗東町内の候補地は、駅建設時に線路北側の工場を移転させるなどの計画が具体化し、現在の計画位置で進むことになった。南びわ湖駅は地元の要望により建設される「請願駅」であり、建設費用約240億円は全額地元負担となる。このうち約117億円を滋賀県が、101億円を地元の栗東市が分担し、残りを近隣市で分担することとなった(下記参照)。なおこの金額は、最近の類例である上越新幹線開通後の追加新駅かつ地元請願駅の本庄早稲田駅における建設費(土地取得費を除く駅建設費に116億円)の2倍に相当する。確かにこの違いは下記に列挙する工法上の問題等に起因すると推測されるものの、地方交付税の削減等による最近の自治体財政の逼迫状況のもと、その建設費の金額自体が推進派・凍結反対派の論争にも影響を与えている。栗東市内では募金活動を行っている。「新幹線南びわ湖駅を絶対につくる経営者の会」では、市内の企業や個人からの寄付募集をしており、07年4月末で83件約1億2000万円の寄付予約が集まっているという(寄付金額は京都新聞による)。1988年、滋賀県における新駅の建設を目標に「東海道新幹線(仮称)栗東駅設置促進協議会」が発足した。1996年には県内の経済団体も加わり「東海道新幹線(仮称)びわこ栗東駅設置促進協議会」に改称された。そして、滋賀県と栗東市が中心になり、新駅設置の活動を進めることとなった。しかし、協議会のメンバーである周辺自治体には費用負担についての不満もあり、京都駅に最も近い大津市は新駅建設のメリットが享受できないとして協議会からの脱退を表明(現在留保された形になっている)し、費用負担も拒否する姿勢を打ち出した。結局大津市の負担分3億円は大津市から滋賀県に「観光事業協力金」の名目で支払い、県の負担額を3億円増額するという決着が図られた。一方甲賀市も費用負担算出の基準(=負担額)に不満を持ち、協議会側と対立してきたが、結果的には2億5千万円の支払いで決着した。また、湖南市は新駅計画自体に費用対効果の面から消極的な姿勢であった。工事協定書に基づく工事費負担金の額は238億2500万円である。滋賀県・栗東市および上記の設置促進協議会の構成各市の負担は以下の通り。建設不要論のひとつに、「新駅設置後は待避駅として活用される、鉄道会社の自己都合を地元負担させるのはけしからん」という主張がある。もともとこの区間は駅間が長く、270km/hで走る「のぞみ」が増えた段階で、「ひかり」や「こだま」を待避させる駅を設置するという構想をJR東海は持っていたようで、その新駅を検討していた(もちろん、正式な発表などはない)。そこに、この請願駅の形での新駅設置を地元側から提案してきた、という主張である。ちょうど300系のぞみが登場したころ、のぞみの増発には待避駅が必要、というJR東海側の意向があったようで、実際地元では待避駅のために新駅を作るという話が報道されていた(JR東海からの公式コメントはない)。この経過があるため、上記のような主張がでているが、促進協議会側は設置費用を全額地元負担とすることへの批判に対する反論としてJR東海にとって待避駅は不要であり、むしろ東海道新幹線のダイヤを逼迫させるものであると主張している。ただJR東海としては当初見込みより早い段階で東海道新幹線の270km/h走行車両への統一ができたために待避駅は必要ない、東海としてはあくまで地元請願駅、費用負担はしないとして、待避駅の設置案の否定をしている。とはいえ、毎年冬の時期に米原駅付近を中心とする降雪を原因とするダイヤの乱れへの対処として(元々栗東信号場として保守基地などが設けられていた場所に)新駅設置を検討していたのは事実のようで、下りのみホーム外側にも線路をひき、この線路の設置費用のみJR東海が負担することに現れている。新幹線新駅へのアクセスとして草津線に新駅を設ける、とされている。新幹線をくぐった東側、国道1号との間の部分にできる予定であり、滋賀県の新駅計画図や、栗東市の都市計画図にも記載されている。前述のように新幹線新駅までは多少の距離があり、その間に動く歩道を設置する予定である。ところが、もともと新幹線新駅建設予算240億円の中には草津線新駅の予算は含まれず、実際にJR西日本に対して駅の要請を行っているのかどうか不明であり(報道された中に、JR西日本と草津線新駅について協議したというものはない)、滋賀県は栗東市が都市計画事業の中で新駅設置を進めるものとしている。一方の栗東市は現時点で草津線新駅設置工事のための予算を明らかにしておらず、草津線新駅の位置づけは不明瞭である。ちなみに、新駅設置予定地は手原駅にほど近く、JR西日本が単独で新駅を設置するとは考えにくい。実際、JR西日本はこの位置での新駅設置について公式なコメントは出していない。JR東海の葛西敬之会長が社長だった当時、同駅についてをし、同じく駅誘致を目指す相模新駅や静岡空港駅の設置運動を推進している関係者に衝撃が走った(決定事項ではない)。南びわ湖駅の建設に反対し、その是非を問う県民投票を要求する団体「新幹線びわこ栗東駅(当時の仮称名)住民投票の会」による住民投票条例の制定を求める直接請求が、条例制定請求に必要と規定される県有権者数の50分の1を上回る署名を集め、2006年1月13日に滋賀県議会に提出された。國松知事(当時)は31日の本会議で「既に議会により予算が承認された以上、住民投票は議会制民主主義を否定するもの」として議案への反対を表明した。議案は委員会での審議を経て、2月2日の本会議において賛成5票-反対34票の大差で否決された。2006年5月23日、促進協議会は、同年3月より公募していた新駅の仮名称を「南びわ湖駅」とする旨を公表し、これを近くJR東海に提案する予定。「びわこ栗東」という仮称を使っていたが、「県南部の玄関をイメージさせる魅力的な名前を」ということで「南びわ湖」と決め促進協議会も6月からは「東海道新幹線(仮称)南びわ湖駅設置促進協議会」に変更した。周辺市への配慮(費用負担をお願いするにあたり、栗東の名のみで表現されることに対して)であろうと思われる。ただ、実際のところは最初に決めた仮称が正式名称になるケースがほとんどであるため、「南びわ湖」が採用されるかどうかは不明であるが、促進協議会は採用されるように働きかけた。2006年7月2日に投開票が行われた滋賀県知事選挙において、新駅計画を推進していた現職で地元栗東出身の國松善次候補(自民・民主・公明推薦)が敗れ、計画の凍結を唱えた嘉田由紀子候補(社民支持)が当選した。國松陣営のうち、民主党には嘉田候補への推薦を巡って激論が交わされた経緯があり、また自民党では郵政解散におけるしこりが残り、主要三党推薦による楽勝の見込みもあり選挙運動は低調であった。一方、嘉田陣営は新駅批判に加え自公民相乗りへの批判も巻き込んで盛り上がりを見せた。なお嘉田候補の得票に計画中止を唱えた辻義則候補(共産推薦)の得票を加えると、約29万票と國松候補を10万票以上引き離し、有効投票数の過半数を制していた。この結果は推進派に強い衝撃を与えた。中止が決まったわけではないものの、投開票翌朝の記者会見で、嘉田は「建設凍結は自分の政治生命である」と述べ、また同日、朝日新聞の単独インタビューに応じ、建設予算の執行を中止する意向を明言している。一方で県議会では選挙直後に民主党が嘉田知事支持を打ち出したものの、自民党を中心とした推進派は凍結に強く反対した。2006年10月22日に行われた。2006年7月のこの駅の設置が最大の争点になった滋賀県知事選挙(上記)につづき、今度は県同様に費用の半額近くを拠出する予定の栗東市の首長を選ぶ選挙となったが、後が無いという危機感から推進派の運動が盛り上がり、また反対派は二候補出たための票の分散もあり、三人の候補のうち唯一の推進派である現職の国松正一候補(自民・公明推薦)が比較多数の得票で再選された。なお反対派二候補の合計得票数は国松候補より上回っており、嘉田知事は栗東市長選挙後の記者会見でこの点を指摘し、協議を重視する姿勢を示しながらも建設中止の動きを止めない姿勢を明確にした。(2007年4月8日)で滋賀県議会議員選挙(同議会の定数は47)が行なわれたが、建設凍結派の民主党は11議席から13議席、建設中止派の共産党は2議席から3議席に増加し、嘉田知事系の「対話でつなごう滋賀の会」も2議席から4議席に増加した(公認候補ベース)。一方、建設推進派の自民党は27議席から16議席と大幅に議席を減らす惨敗となり、公明党の2議席(1議席から2議席に増加)および自民党推薦の無所属議員を合わせても過半数を割る結果となった。親知事派の無所属議員を含めると建設凍結・中止の勢力が県議会の過半数を占めたことで、新駅の建設続行はさらに困難な情勢となった。この結果を受け、惨敗した自民党滋賀県連は推進から凍結へ方針転換した。2007年(4月22日)の栗東市議会議員選挙では、推進派が改選前より議席を3増やし過半数を獲得した。しかし、投票当日の22日までに自民党滋賀県連が新駅建設推進から凍結に方針を転換したことにより、新駅の建設推進は事実上困難となった。工事協定締結にともない、JR東海は2006年7月から、まず変電所の移設工事を始めることとしていた。が、同年7月の知事選において、嘉田新知事が誕生し県が凍結方針に転換したため、工事を見合わせた。その後、2007年4月になり、新駅の方向性がはっきりしないとして、工事関係者を引き揚げさせ、地元の動きを静観していた。なお、嘉田知事はJR東海に対して工事の中断を求めたが、JR東海側は関係自治体との合意を形成した上で促進協議会を交渉窓口とするよう申し入れ、滋賀県および栗東市との直接対話を避けた。2006年9月1日滋賀県に、新幹線新駅問題対策室が設置された。新幹線新駅の需要予測・経済波及効果について、過大ではないかとの指摘があり、再検証を行った。2006年9月25日大津地裁は、栗東市が新駅工事にかかわる地方債の起債に対し凍結中止を求める住民グループが求めた栗東市の起債を差し止める判決を出した。地方財政法第5条地方公共団体の歳出で地方債を財源としうる事業を制限列挙している。栗東市が行う起債が「(略)その他の土木施設等の公共施設または公用施設の建設事業費の財源とする場合」に該当するか否かなどが焦点になった。本件は、栗東市が行う道路拡張工事の費用を捻出するための地方債の起債である。現在新駅建設予定地内にある農道を拡張するためである。ところが、農道の拡張としては起債規模が大きすぎ、ここが判断のポイントとなった。起債予定額は43億4900万円であるが、そのうち道路工事に使われる予定の金額は6億円程度である。実際、この道路拡張は新幹線本線の仮線工事のために大がかりになっており、道路の拡張というより新幹線新駅建設の準備工事と取られる内容である。そこで建設凍結・中止を求める側から、「この道路拡張は新幹線の工事の一部であり、地方債の対象にはならない」と差し止め要求が出たものである。裁判の争点も「この工事が何のための工事か」で争われることとなった。一審の差し止め判決ののち、栗東市は控訴した。控訴審では、2006年12月15日に口頭弁論期日が行われ、2007年3月1日、大阪高裁は一審の判決を支持し、栗東市側の控訴を棄却した。仮線工事費は約87億円であり、起債目的の道路工事費は約6億円に過ぎないとして、地方債起債にそぐわないという判断である。その後、同年3月14日、栗東市は最高裁判所へ上告するに至ったが、同年10月19日最高裁第2小法廷は上告を棄却し高裁の判断が確定した。その結果、栗東市は財源の拠出根拠を失うこととなり、実質的にこの時点で建設中止が決まった。10月28日、新幹線新駅問題を協議する駅設置促進協議会の総会で嘉田知事が正副会長会議で新駅「中止」に合意できなかったことを報告し、新駅計画が自動的に終了することが確定した。なお、協議会はこのまま存続し、次期総会まで役員を再任することとなった。新幹線新駅問題が凍結という結論に達したのを受けて、嘉田知事は声明を発表している。その中でが滋賀県が新駅周辺の土地区画整理事業への県の対応窓口の設置を栗東市に要請し、また県南部地域の振興について関係機関と検討していくとしている。栗東市には、優れた道路交通網に注目して多くの企業が進出し、多額の法人市民税に恵まれた。加えて大手たばこ業者を誘致し、たばこ税収入が年間35億円に達した。多数のたばこ業者を誘致した目的は、多額のたばこ税を得て、それを新幹線新駅事業に使うためであった。一方で、人口増加に対応するために大型公共施設を集中して建設したことや、優れた市民サービスを提供していたこともあって、多額の市債を抱え(2005年度末で市債・債務保証・債務負担合計で1023億円)、財政は危険な状態だった。栗東市に関して、1991年から2006年にかけての増加率は、総人口は約1.3倍、税収入は約1.2倍にとどまる一方、市債残高は約4.3倍(104億円から450億円に増加)、義務的経費は2.3倍(43.5億円から98.1億円に増加、特に公債費と扶助費が急増)となっている。総人口や税収入に比べて市債残高や義務的経費の増加が顕著であり、栗東市の財政が急速に悪化していたことがわかる。新幹線新駅事業は総額で656億円で、そのうちの304億円を栗東市が負担するという計画になっていた。同市はそのうちの280億円を起債(借金)し、新駅開業後の25年間で返済することになっていた。栗東市長は、2008年8月29日の会見で、「新幹線新駅問題で新駅事業に関連する市の損失額が最終的に130億円程度になる」との考えを示した。新駅が中止されるまでの損失額は167億円だが、新駅予定地周辺の土地代や国からの補助金などを差し引いた130億円が市の損失となる。栗東市は、新駅予定跡地に企業を誘致し、誘致した企業の税収で先述した損失を取り戻す方針でいるが、損失分を誘致企業の税収で全て取り戻すには(リチウムエナジージャパンの工場稼働後から)40年以上かかる可能性が高い。2011年度の決算で、栗東市の将来負担比率は281.8%と、全国の市区町村で4番目に高く、新幹線新駅中止による損失(約130億円)が同市の将来負担比率を100%余り引き上げている(土地開発公社の負債分は全て将来負担比率に含まれる)。将来税収を生み出すとされていた新駅を中止にし、多額の借金を残した滋賀県の責任は非常に重いとして、滋賀県は栗東市に以下の支援をしている。2012年9月現在、栗東市土地開発公社は新駅計画地に約4haの土地を所有しており、簿価(購入価格と利息の和)は103億円に達している。簿価から時価(売却価格)を引いた差損分は栗東市が補填しなければならない。栗東市は、「滋賀県が駅を中止にするから土地開発公社が経営難に陥った」と主張する。一方で滋賀県は、「区画整理は栗東市の事業であり、公社が土地を先行取得したのも栗東市の責任である」と主張する。新駅計画の挫折後、跡地の利用については様々な考えが挙がったが、ジーエス・ユアサコーポレーション・三菱商事・三菱自動車工業の共同出資しているリチウムエナジージャパンがリチウムイオン電池を生産するための工場を建設し、2011年7月19日に本社もこの工場内へ移転している。跡地は企業にとって以下のような利点があり、複数の企業が注目している。しかし、2012年9月時点で跡地50haのうち40haの土地がなお用途未定であると報じられている。用途未定地は8月時点で30haであると見積もる報道もある。2012年8月6日、嘉田知事はリニア中央新幹線が東京-名古屋間で開通した後は、東海道新幹線は中距離輸送を担うこととなるとし、その際には米原駅と京都駅の間に新駅が必要であると発言した。この時点で、上記のように多くの土地がいまだ用途未定の状態であることもあって、栗東市は強く反発、20日に嘉田は栗東市長に事前の説明が無かったことを謝罪するが、あくまで発言の趣旨は崩さなかった。この嘉田の発言を受け、その後滋賀県側は一転して「新幹線新駅は必要」との姿勢に傾いた。嘉田の任期満了・引退を受けて行われた2014年7月の滋賀県知事選挙においては、候補者が新駅設置を公約する事態となった。嘉田の後継候補となった元民主党衆議院議員三日月大造が新駅設置に向けた議論再開を公約したほか、元内閣官房参事官小鑓隆史(自民党・公明党推薦)も新駅設置に向けた働きかけを再開することを公約に掲げ、選挙戦に臨んだ。しかしこの動きに対し、一度滋賀県側に計画をつぶされた形となったJR東海は非常に厳しい反応を示し、柘植康英社長は記者会見において「滋賀県内の新幹線新駅は整理が済んだ話。もう終わった」と切り捨て、滋賀県内の新駅設置について極めて否定的な見解を示した。さらに柘植は「栗東新駅の話があって工事を始めた後、滋賀県から建設のお断りがあり、やむ無く整理した」と、滋賀県によって不本意な形で新駅を断念させられたという認識を強調し、滋賀県側の新たな動きを一蹴した。選挙の結果、後任の知事に就任した三日月はその後も新駅設置の方針を掲げているが、JR東海側は「栗東市以外の立地を含め、滋賀県側から今後設置の打診があった場合でも原則として応じる考えはない」との姿勢を示しており、現状においては中長期的にも滋賀県内に新駅が建設される見込みはなくなっている。
出典:wikipedia
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