シェベリ川(シェベレ川、シャベレ川、、)はエチオピアのハイランド地方からソマリア南部のモガディシュあたりを流れる川。モガディシュ近郊で流れが南東から南西に急変する。ただし、海にまで流れ出るのは雨季に限り、それ以外の季節にはジュバ川の河口近くで干上がって無くなる。激しい雨季にのみ、ジュバ川と合流してインド洋に注ぐ。シェベリはソマリ語でトラやヒョウを意味する。『エチオピア統計1967/1968年版』によると、シェベリ川は延長1130キロメートルで、そのうち1000キロメートルはエチオピアにある。ソマリアにはシェベリ川から取られた行政区画であるシャベーラハ・デクセ、シェベーラハ・ホーセがある。過去にはシェベリ川流域ではツェツェバエが媒介する病気が蔓延していたが、現在ではシェベリ渓谷の一部を除いてほぼ見られなくなっている。シェベリ川支流のいくつかは雨季にのみ流れる川である。"下流より記載"シェベリ川の源泉は、オロモ人(アルシ・オロモ)やシダマ人の崇拝対象だった。そこはビャクシンの木に囲まれており、1951年の時点ではアルシに住むムスリム(イスラーム教徒)によって保護されていた。1989年、ソビエト連邦(現ロシア)の技術者が、シェベリ川上流でエチオピアのバレ山付近にメルカ・ワケナダム(Melka Wakena dam)を建設した。エチオピア最大の水力発電所も備えられており、153メガワットが作られた。近年は、時々発生する洪水で話題となることが多い。シェベリ川は1960年代以前には1年おきに洪水を起こしていたと言われている。1960年代には大きな洪水が2回あった。1965年の洪水"hidigsayley"(洪水に付けられたあだ名)と、1966年の"soogudud"である。1970年代には大きな洪水"kabahay"があった。1996年の洪水はエチオピアの3つの県が荒廃した。1999年10月23日、シェベリ川は夜中に突然氾濫し、ケラフォ県では117の町の内の14、ムスタヒル県では46の町のうち29で住宅と農産物が破壊されつくされた。地方政府の情報によると、34人の人と750頭の家畜が死に、7万人が援助を必要とするまでの被害にあった。2003年の"dawdle"では家畜100頭と119人が流され、2005年4月には2000頭のラクダと4000頭の子豚が流された。2005年4月末、豪雨によってエチオピアのソマリ州とソマリアで堤防が決壊した。5月には100人が死亡し、10万人以上がその影響を受けた。ケニアのソマリ難民2万5千人も被害を受けた。
出典:wikipedia
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