唐山地震(とうざんじしん)は、1976年7月28日3時42分(現地時間、UTC+8)に中華人民共和国河北省唐山市付近を震源として発生したマグニチュードMw7.5の直下型地震である。市街地を北北東から南南西に走る断層に沿って大きな水平右ずれが発生し、当時有数の工業都市であった唐山市は壊滅状態となった。死者数は中国発表で約25万、アメリカの地質調査所の推計では65.5万人となっている。この地震による死者は公式記録によれば242,419人を数え、これは20世紀最大の地震被害である。被災による犠牲者の中には日本人もおり、火力発電所建設のために派遣されていた日立製作所の社員3人が犠牲になった。当時中国は文化大革命の真っ只中であり、政府は「自力で立ち直る」と外国からの援助を拒否した。このことが犠牲者の拡大をもたらした一因だといわれている。また、政府の方針により被害実態の多くが伏せられたとも言われ、死者の数についても非公式には60万から80万人、もしくはそれ以上とも言われている。この地震の情報もすぐには公表されず、日本に地震発生が伝えられたのは、地震発生の21時間後であったと報道されている。地震は西方150kmの北京市内でも強く感じられ、後述のように何度も余震の警報が出されたので、そのたびに市民が住居外での生活を余儀なくされるような影響があった。唐山市ではこの地震によって14万8000人が亡くなり、重傷者は8万人以上に上り、被害は市民の21.2%に達し、住宅の全壊率は94%だった。再建がほぼ一段落するまでの約10年間、外国人の立ち入りが制限されていた。現在は抗震記念館が設けられており、倒壊した建物や断層の一部が地震遺跡として保存されている。2006年7月28日、中国共産党は唐山市で30周年記念大会を開催、およそ700人が出席して「唐山抗震記念碑」に献花などを行ったと発表した。
出典:wikipedia
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