軌道エレベータ(きどうエレベータ、)は、惑星などの表面から静止軌道以上まで伸びる軌道を持つエレベーター。「宇宙エレベータ」とも呼ばれる。宇宙空間への進出手段として構想されている。カーボンナノチューブの発見後、現状の技術レベルでも手の届きそうな範囲にあるため、実現に向けた研究プロジェクトが日本やアメリカで始まっている。地上から静止軌道以上まで延びる塔、軌条、ケーブルなどの構造物に沿って運搬機が上下することで宇宙と地球の間の物資を輸送できる。動力を直接ケーブル等に伝えることで、噴射剤の反動を利用するロケットよりも安全に、かつ遥かに低コストで宇宙に物資を送ることができる。かつては軌道エレベータを建設するために必要な強度を持つ素材が存在しなかったため、軌道エレベータはSF作品などの中で描かれる概念的な存在でしかなかった。その後、理論的には必要な強度を持つものとしてグラファイト・ウィスカー(針状の炭素)などが発見された。さらに、20世紀末になってカーボンナノチューブが発見されたことにより、その早期の実現を目指した研究プロジェクトが発足している。概念としては、静止軌道上の人工衛星を、重心を静止軌道上に留めたまま地上に達するまで縦長に引き伸ばし、そのケーブルを伝って昇降することで、地上と宇宙空間を往復する。その際、全体の遠心力が重力を上回るように、反対側(外側)にもケーブルを伸ばしたり、十分な質量を持つアンカー(いかり)を末端に設ける。ケーブルの全長は約10万 km で、下端(地上)、静止軌道、上端の三ヵ所に発着拠点が設けられる。上端の移動速度はその高度での脱出速度を上回っているため、燃料なしでも地球周回軌道から脱して惑星間空間に飛び出すこともできる。エレベータという呼称が使われているが、ケーブルを介して籠を動かすのではなく、固定された軌道を伝って籠が上下に移動する。ケーブルは下に行くほど重力が強まり遠心力が弱まる一方、上に行くほど重力が弱まり遠心力が強まる。したがってケーブルのどの点でも張力がかかる。その大きさは、その点より上の構造物に働く重力と遠心力の絶対値の差である。荷物を上げ下げする際にコリオリの力が発生するが、地球につなぎ止められているため全体が逆さの振り子のように働き、元の位置を自然に維持する。ケーブルは一定の太さではなく、静止軌道から両端に向かって徐々に細くなっていくテーパー構造である。ただし、地上から数kmの部分は風や雷の影響を避けるため、10倍ほどに太くし、さらに上空数百kmまではケーブルの構成物質が酸素の原子と反応して劣化(酸化)するのを防ぐため、金属で薄くコーティングする必要がある。地上側の発着拠点(アース・ポート)は、一般に言われるように赤道上にしか建設できないわけではないが、赤道上であればケーブルにかかる張力を小さくできるので最適である。緯度が上がるほどケーブルにかかる張力が大きくなり、また赤道以外ではケーブルが地面に対して垂直にはならないため、赤道から極端に離れた場所に建設するのは難度が高くなる。2004年に開かれた軌道エレベータ建設に関する国際会議では、アース・ポートは赤道から南北それぞれ緯度35度以内に建設すべきであることが示された。建設地点としての適性を赤道で100%とすれば、35度で50%となり、そこから先は急速に減少するという。ただし、これは緯度だけを問題にした場合であり、それ以外にも、気象条件や周辺地域の政治的安定性など考慮すべきことは多い。また、ケーブルの振動や熱による伸縮への対策、低軌道の人工衛星や大きなスペースデブリとの衝突の回避などのために、アース・ポートは地上に固定するのではなく海上を移動可能なメガフロートとすることが望ましい。地球の重力場は完全に均一ではないため、赤道上に作るなら西経90度(ガラパゴス諸島付近)および東経73度(モルディブ付近)が最も安定させやすい。ブラッドリー・C・エドワーズらはいくつかの建設候補地を挙げ、その中でも東太平洋の赤道付近とインド洋のオーストラリア西方沖を有望視している。現在、地球上から宇宙空間へ人間や物資を運ぶ手段はソユーズなどの化学ロケットしか存在しない。各国、コスト削減と成功率の競走中であり、日本はH-IIAロケットを開発運用中である。ロケットを宇宙への物資運搬手段として考えた場合、地球の重力に抗して宇宙空間まで移動するのに莫大な燃料を消費する。ロケットは、原理的に本体の重量のおよそ90 % 以上を燃料が占めるので効率が悪い。また、燃料として非対称ジメチルヒドラジンや塩素を含む固体燃料などを使用するものは、燃料そのものが有害物質で、燃焼時に有毒物質を発生し、環境を汚染している。爆音や有毒ガスの発生以外にも、信頼性や事故発生時の安全措置の面でも不安がある。このため、将来恒常的に大量の物資・人員を輸送することを念頭に置いた場合、経済的で無公害の輸送手段が望まれる。現在、ロケットに代わるさまざまな輸送手段が検討されており、軌道エレベータはその一つである。ビルなどに設置されているエレベータの乗り込む部屋に相当する「籠」の昇降には電気動力など化学燃料でないものを使い、ロケットのように燃料を運び上げる必要がないため、一度に宇宙空間に運び出す、または宇宙から運び降ろす荷を大幅に増やすことができる。また、上るときに消費した電力は位置エネルギーとして保存されているので、降りで回生ブレーキを使って位置エネルギーを回収すれば、エネルギーの損失がほとんどなく、運転費用が非常に安くて済む。一つの試算によると現行ロケットの場合、物資1ポンドあたりの輸送コストが4 - 5万ドルであるのに対し、軌道エレベータの場合約100ドル(1kg当たり220ドル)となる。電力供給に関しては、昇降機にパラボラアンテナを装備してマイクロ波ないしは遠赤外レーザーの形で送電する方法も考えられている。加えて人工衛星やISSなどでも使用されている太陽電池や燃料電池が用いられると予想される。環境への影響や安全面などを考慮して、ケーブルを通じて供給するべきだという意見もあるが、カーボンナノチューブはそれに必要なだけの伝導性を持たず実用的ではない。昇降機がケーブルと接触した状態のまま動く場合、その速さは200km/h程度で、アース・ポートから静止軌道までは約1週間、上端までは更に5日間かかることになる。特別な訓練を受けた宇宙飛行士でなくとも宇宙に行くことができるが、非常に時間が掛かるため、利用者にストレスを与えないように、旅客用の昇降機(籠)には高い居住性を持たせる必要がある。リニアモーターなどを使用すればもっと時間を短縮でき、例えば昇りのとき1Gで加速し、中間点からは1Gで減速すると約1時間で静止軌道に到着することになり、中間地点での速度は64,000km/hに達する。ただし、現在研究中のプランでは磁気浮上方式は検討対象外になっている。ちなみに、ISSは近地点高度278km、遠地点高度460kmの範囲の軌道に維持されている。この程度の高度でよければ、200km/h程度の速度でもごく短時間に到達できる。なお、通常のエレベータと違い、1本のケーブルを複数の昇降機が同時に利用することになる。 しかしながら、単線の列車と同じシステムなわけで、すれ違い駅を設けることができるまでは、片道通行での運用しか考えられない。したがって、現実的には、貨物列車のように昇降機を同じ方向にのみ動かし貨物量を稼ぐ、単線運用が実用的である。軌道塔、宇宙エレベータ、同期エレベータ、静止軌道エレベータなどとも呼ぶ。旧ソビエト連邦での発案者の命名から「天のケーブルカー」、旧約聖書(創世記)におけるヤコブの話に因んで「ヤコブの梯子」、童話『ジャックと豆の木』から「ビーンストーク(豆の木)」と呼ばれることもある。日本では芥川龍之介の蜘蛛の糸に喩えられることがある。吊り下げられている構造上も一番近い表現ではある。しかし、物語として糸が切れる終わり方をするために、どちらかと言えば軌道エレベータの実現に懐疑的な見方から用いられる表現である。欧米では同様に懐疑的な表現として「バベルの塔」がある。軌道エレベータの着想は、宇宙旅行の父コンスタンチン・ツィオルコフスキーが1895年に既に自著の中で記述している。ツィオルコフスキーはパリで見たエッフェル塔に強い印象を受け、死後の1959年に刊行された著書の中で、赤道上から天に向って塔を建てていくと、次第に遠心力が強くなり、ある点(静止軌道半径)で遠心力と重力が釣り合うと述べている。同じく1959年、ユーリイ・アルツターノフが逆に静止軌道上からその上下にケーブルを伸ばす前述のような軌道エレベータの構想(天のケーブルカー)を発表した。軌道エレベータを構築する上で一番の問題は、静止軌道まで約36,000kmも伸ばしたケーブルが自重によって切れてしまうのを防ぐことである。1975年、ジェローム・ピアソンは、軌道エレベータの材料に関する研究を行った。その結果、上空に行くに従い重力が小さくなり、かつ遠心力が強くなることを考慮すると、引っ張り強さ/密度(破断長)が4,960kmほど、すなわち一様な重力場で、一様な太さのケーブルを4,960km下に伸ばすまで切れない物質が必要なことがわかった。この数値はすべて一様な太さの軌道エレベータを構築した場合で、特に引っ張り力のかかる部分を太くするテーパー構造(末細り型)にした場合、多少改善されるものの、現実の物質と比較してみると、鋼鉄が50km、ケブラー繊維が200km程とまったく足りない。そのため、長い間、軌道エレベータは空想上の素材や未来の工学として概念的なものとして扱われてきた。しかし、1982年に、破断長約1,000 km で、理論的にはテーパー構造の軌道エレベータを建造できる強度のグラファイト・ウィスカーが発見された。さらに1991年に極めて高い強度を持つカーボンナノチューブが発見されたことにより、実用化可能と言われるようになった。2031年10月27日の開通を目指し(当初は2018年4月12日を予定していた)、1メートル幅のカーボンナノチューブでできたリボンを、赤道上の海上プラットフォーム上から10万キロ上空まで伸ばすプロジェクトを、全米宇宙協会などが進める。1999年にNASAの二つのグループが初めて、続いて2000年に援助を受けた研究により元ロスアラモス国立研究所員のブラッドリー・C・エドワーズ博士がそれぞれ軌道エレベータの理論的な実現性に関して報告している。これらの研究報告に基づき、LiftPort社がアメリカ、ワシントン州シアトル郊外のブレマートンに設立され、NASAからの援助を受けて軌道エレベータの早期実現へ向けた研究開発を行っている。2005年9月、米社は同社が開発中の宇宙エレベータの上空での昇降テストを行った。このテストでは、カーボンナノチューブではないケーブルを使用して気球に接続し、次第に気球の高度を上げていき、3回目では高度約1,000フィート(約304.8m)に達した。実験写真を見る限りでは、SFなどで登場する塔のようなものではなく、上空から垂らしたケーブルを箱が昇っていくというシンプルなものである。日本では、2009年から宇宙エレベーター協会主催の宇宙エレベーター技術競技会が開かれている。ルールは毎年改定され、2010年第2回大会では上空の気球から幅5 cm のベルト状のテザーを垂らし、高度300 m まで上昇・下降するというものである。2012年2月には大林組が建設の視点から、宇宙エレベーターの可能性を探る構想を広報誌『季刊大林』に載せ、2050年の実現を目指すと報道された。代表的な建造方法として、長大な吊り橋を建設する場合と同じ方法を採ることが提唱されている。まず静止軌道上に人工衛星を設置し、地球側にケーブルを少しずつ下ろしていく。その際、ケーブル自体の重さによって重心が静止軌道から外れないように、反対側にもケーブルを伸ばす。地球側に伸ばしたケーブルが地上に達すると、それをガイドにしてケーブルをさらに何本も張って太くし、構造物を構築する。この手法を小説『楽園の泉』(1979年)で提唱したアーサー・C・クラークは、ケーブルの素材として無重力環境でしか作れない物質を設定したため、小惑星帯から適切な鉱物を含む小惑星を運搬してきて静止軌道に設置し、工場を建設して静止軌道上で製造する工法を取った。この場合はまず小惑星を動かす段階で大量の資材を地球から持ち出さなければならず、「軌道エレベータを建造するために多数のロケットを打ち上げる」という本末転倒な事態になってしまう。しかしカーボンナノチューブは地上でも製造可能である。ガイド用の細いケーブルと必要最小限の付帯設備だけはロケットで静止軌道まで運ばなければならないが、あとはケーブルを伝って地上側から敷設していくことができると考えられている。上端に達した敷設装置は、そのままアンカーの一部になる。なお、アース・ポートを赤道以外の場所に建設する場合でも、最初のケーブルの下端が赤道に向かって降りてくるのを捕まえ、建設予定地まで移動させなければならない。現在の構想では、最終的にはケーブルの長さ1kmあたり7kg、アンカーまで含めた全体の質量は約1,400tとなる。建設費は100億ドルから200億ドル(1兆円から2兆円)とされている。ただし、実際に十人単位の人を運べるものを建設する場合、値段はより高額となると考える研究者もいる。なお、国際宇宙ステーションの建設・運用には1,000億USドル以上の費用が掛かっているが、こちらはすべてをロケットで打ち上げているため単純比較はできない。SF作家のチャールズ・シェフィールドは、小説『星ぼしに架ける橋』(1979年)の中で、宇宙空間で建造した全長数万kmの軌道エレベータを、回転させながら一端を大気圏に突入させ、巨大な縦穴の底に接地したところで穴の壁を丸ごと爆破した岩雪崩で強引に押さえつけて固定するという、小説ならではのスリルある豪快なアイデアを示している。アーサー・C・クラークはこれを「髪の毛が逆立つような方法。この部分だけは信じられない。許可が下りないのは確かである」と評した。なお、クラーク/シェフィールドの両作品とも現実の21世紀初頭より宇宙開発が進み、既に多数のロケットが地球と宇宙を行き来している世界の物語である。軌道エレベータを実際に建設するためには、乗り越えなければならない技術的課題がある。現時点で議論の焦点は、実際それが技術的に建造可能か否かという点である。ひとたび建造可能性に目処が立った場合、続いて克服すべきいくつかの課題がある。軌道エレベータが登場する作品をまとめたリストとして、石原藤夫と金子隆一の共著『軌道エレベータ -宇宙へ架ける橋-』(裳華房版)の巻末付録「『軌道エレベータ』SF作品リスト」がある。
出典:wikipedia
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