タヌキモ属("Utricularia")は、シソ目タヌキモ科に分類される植物の一属。約226種とされるが、分類方法によっては215種などとされることもある。南極を除く世界中の湖沼や湿地に生育している。大形の花をつける種もおり、花の観賞目的で栽培されることも多い。またタヌキモ科は全て食虫植物であり、その方面の愛好家も多い。観賞目的で栽培される際には、日本語には属全体をカバーしうる総称がないため、学名のウトリクラリアで呼ばれることもある。タヌキモ属は、水生植物と地生植物を中心に構成されており、南極を除く世界中の淡水湖沼や湿地に分布している。模式種はタヌキモ("U. vulgaris")。食虫植物の種数は被子植物全体の1%未満とされており、そのおよそ半分がタヌキモ属の種とされている。陸生種の多くは、地中の原生動物や輪形動物を捕獲するため、小型の捕虫嚢をもつ傾向にある。一方水草として生育する種は、より大型の捕虫嚢をもつため、ミジンコや線虫、カの幼虫(ボウフラ)、発生初期のオタマジャクシなどを捕獲することができる。しかし最大の捕虫嚢(1.2cm)をもつとされるのは、パイナップル科植物の葉腋や木の洞にたまった水を漁場とする南アメリカの着生種"U. humboldtii"(10cmを超えることもある花も最大とされる)と、オーストラリア北部の陸生種"U. arnhemica"である。最大の葉をもつのは南アメリカの陸生種"U. longifolia"で、長さ1m超に達する。一部の種は着生植物や岩生植物として生育している。日本に生息する種は、湿地に生息するミミカキグサ類と、水生のタヌキモ類に大別される。匍匐茎や葉状茎などにつく捕虫嚢は、入口に内開きの扉があり普段は閉じられている。捕虫嚢内部は絶えず水が排出され、外部環境より水圧が小さい状態が保たれている。一旦獲物が扉から伸びた毛に触れて動かすと、機械的な刺激が伝達され、入口との間にわずかに空隙ができる。即座に水が獲物もろとも流れ込み扉は大きく開く。水圧の差がなくなると扉は再び閉じ、排水と消化吸収が行われる。タヌキモ属は非常に特殊化した植物で根や葉、茎などの栄養器官は、構造上は他の被子植物のように区別できず、全種が備える器官は花、花茎、捕虫嚢しかない。捕虫嚢は、あらゆる植物の中で最も洗練された構造の一つであると考えられている。原記載は、カール・フォン・リンネの『植物の種』(en)においてなされた。属名の "Utricularia" は、ラテン語の utriculus(小さい袋、革袋、卵形嚢などの意)に由来しており、タヌキモ属に袋状の捕虫嚢があることにちなんでいる。和名の「タヌキモ」(狸藻)は、水生の種の茎葉をタヌキの尾に見立てて名づけられた。また湿地生の種につけられる「ミミカキグサ」の名は、果実を包む萼(がく)が耳掻きの先端部分のような形になり、花茎を含めた草体全体が耳かきのように見えることから付けられた。植物体の大部分は、地下茎や匍匐茎の形で地下または水中を水平に伸長しつつ、よく分枝する。地生種は、光合成のため地面に葉を広げるが、タヌキモ属の植物体で、立ち上がるのは基本的に花茎のみである。水生種は二通りの形態がある。一つは水面直下を浮遊するタイプである。もう一つは、水深のごく浅いところで匍匐茎を展開しながら、水底の泥中に、捕虫嚢はあるものの葉緑素を持たず、葉は着かない地下茎を伸ばすタイプである。どちらも根やそれに代わる器官をもたない。茎からは種によってさまざまな形態の葉を展開する。例えばミミカキグサ類ではヘラ状の葉をつけるが、タヌキモ類では糸状の裂片をつける。また、一部の種は蘚類や常に水の流れる岩上に、着生植物として生活している。ヒメタヌキモ("U. minor")は匍匐茎と地下茎が基本的な形態であるが、浮遊する系統や、生育環境が地生と着生の二通り、形態も地下茎ありとなしの二通りが確認されている変種チビヒメタヌキモ("U. minor f. terrestris")がある。水生種の大型で目立つ捕虫嚢は、獲物を捕獲していることが発見される前は、浮き袋の役割を担っていると考えられていた。実際に浮き袋を持つ種類もあり、花茎の基部で放射状に配置されている。種によっては、分枝の先端に殖芽とよばれる越冬芽を形成して、無性的に繁殖する。殖芽は裂片が折り重なった球状の形態をとる。植物体が枯死した後に水底に沈んで、次の春に発芽する。またエフクレタヌキモ("U. inflata")のように、塊茎を形成して繁殖する種もいる。植物体のうち、明らかに地上部に突き出すのは、基本的には花軸だけである。花軸の先には、種によって 2 mm-10 cmまでさまざまな大きさの花をつける。花は上下に2つの非対称な唇形の花弁をもち、通常下側の花弁が上側より大型となる。花の色も種によってさまざまであり、ノタヌキモ("U. aurea")やイヌタヌキモ("U. australis")のように黄色い花をもつものや、ムラサキミミカキグサ("U. uliginosa")のような紫色の花、"U. quelchii" のような赤色の花、"アルピナ" のような白い花などが知られる。花の構造は、同科の他の2属と類似するが萼片の数が違う。またアルピナのように、ラン科に類似した花をつける種もある。一部の種は、ある時期に閉鎖花を形成して、自動自家受粉を行う。しかしまた別の時期には開放花を形成するということもある。また、同時に開放花と閉鎖花を両方形成する植物もあり、例えばフサタヌキモでは、水上に展開した開放花のほかに、自家受粉によって種子生産を行う閉鎖花を水中に形成する。種子は非常に小さく、大部分の種では長さ0.2-1.0mm程度である。タヌキモ属は自家受粉による種子生産が中心であると考えられており、実際に水生のタヌキモ類では開花率、結実率が非常に低く、花粉の不稔性が高いとされる。タヌキモ属の種は、淡水域であればあらゆる環境で生育できるが、南極や一部の太平洋の島などには自生していない。また、もっとも種数が多い地域は、南アメリカ次いでオーストラリアである。多くの食虫植物と同様、タヌキモ属はミネラル分の溶存量が少ない湿った土壌や、腐植質の土壌で生育する。水溶性のミネラルが流水によって失われるような、非常に湿潤な土壌では、食虫の能力が明白な利点となって、タヌキモ属が、サラセニアやモウセンゴケといった他の食虫植物と一緒に生育していることもある。タヌキモ属の種のおよそ80%は陸生で、湿性の土壌や湛水土壌では、小型の捕虫嚢を常に水分に触れさせることができる。これらの種は、地下水面が地表面と非常に近いような湿地でも生育が確認される。陸生の種は世界中に分布するが、ほとんどは熱帯に生息している。残りの約20%の種の3分の2ほどは水生植物であり、残りは着生植物、岩生植物(en)である。水生の種のほとんどは池や、流れが穏やかで底土が泥質である水域で、水面を自由に漂っており、開花のときのみ水上に花を突き出す。例えば "U. vulgaris" は、ユーラシア大陸の池や水路に分布する水生種であり、分枝して1m以上に伸長する匍匐茎は、水中で筏の役割を果たす。また岩生植物として生育する種は、流れの速い水域や滝などにも適応している水生の種は通常酸性の水中で見られるが、アルカリ性の水域でも非常に良好な生育を示す。しかしアルカリ性の水域では、より多くの植物が生育しており、競争が激しいためにタヌキモ属が生育できないものとみられる。南アメリカの一部の種は着生植物で、熱帯雨林の湿ったコケや樹皮の上、時にはチランジアなどの葉腋に貯まった水中で生育している。"U. nelumbifolia" などロゼットを形成する着生性の種は、走出枝(ランナー)を伸ばして、近くに生育しているパイナップル科の種などを探し出し、その植物の上を新たな生育地とする。タヌキモ属の種は、厳しい気候条件下においても、その植物体の構造や摂食行動によって、非常に高度に適応して生き残ることが出来る。温帯の多年生植物は、冬期には草体を枯死させて新たに再生させる必要があり、冬期がなければ草体が弱体化する。一方熱帯や暖帯の種は、休眠する期間が必要ない。イギリスやシベリアなど気温の低い地域では、タヌキモ属の各種は茎の先端に殖芽を形成する。秋期を過ぎると草体の生長が鈍化し、植物体そのものは枯死または凍結してしまうが、殖芽は茎から分離して水底に沈み、氷の下で越冬できる。そして春に発芽して、ふたたび水面で生長する。オーストラリアに生育する種の多くは雨季にのみ生長し、10mm程度の大きさの塊茎を生産して乾季を過ごしている。そのほかの種は一年草で、種子によって越冬する。タヌキモ属にみられる吸引型の捕虫嚢は、さまざま植物でみられる捕獲用トラップの中でも、最も洗練されたものであるとされる。捕虫嚢は匍匐茎やシュート、塊茎、葉状茎(phylloclades)につき、通常ソラマメに似た形態をしている。ただし種によっては多様な形態をとる。捕虫嚢の外壁(嚢壁)は2層の細胞からなり、透明である。しかし、動物プランクトンなどの獲物を捕らえた捕虫嚢は黒色になる。嚢壁は捕虫嚢内部が減圧状態になっても、袋形を維持するのに十分な剛性をもつ。捕虫嚢の入口には円形または楕円形の舌状の扉があり、その上部は捕虫嚢本体と、蝶番の役割を果たす柔軟な細胞によってつながっている。入口下部の扉と接触している部分は厚くなっている。接触部の中央に沿って柔らかい組織が伸びており、閉鎖時には空隙をふさぐ。扉の下端のやや上にも、柔軟な細胞が横一線に端から端まで並んだ部分があり、扉がここで曲がることによって空隙をなくす役に立っている。また捕虫嚢の外側の細胞から、糖類を含む粘液を分泌し、入口の密着や糖による獲物の誘引などの役割を果たしていると考えられている。地生種は、一般に小型(0.2-2.5mm)の捕虫嚢を持つ。入口には曲がったくちばし状の構造があり、獲物を誘導するはたらきと、ごみなどの不要な物質が捕虫嚢に入らないように防いでいるものと考えられている。水生種の捕虫嚢はより大型化(通常0.2-6.0mm、最大1.2cm)し、くちばし状の構造はもたないが、分枝するアンテナ状の構造を持つ。そのアンテナ状構造には、獲物を捕虫嚢の入口に誘導する役割や、ごみなどによって入口を閉じる反応の引き金が引かれないように防ぐ役割がある。着生種がもつ捕虫嚢は、水生の種のものよりは小型(0.4-2.5mm)であり、分枝しないアンテナ状構造が入口にかぶさる。水生種のものと同様の役割を果たしているが、さらに毛管現象によって入口との間に水を貯める機能があり、捕虫を助けているものと思われる。また、"U. hamiltonii" など、大小2つのタイプの捕虫嚢をもつ種もある。タヌキモ属の捕虫嚢が作動する仕組みは単純で、ハエトリグサやムジナモ、モウセンゴケなどの他の食虫植物とは違い、植物に獲物が触れた刺激を感知する機構があるわけではない。メカニズムとしては、絶えず能動輸送によって捕虫嚢外へ水を排出するという機構がはたらいているだけである。捕虫嚢の扉にある毛状の構造は、「感覚毛」 などと言及されることもあるが、ハエトリグサやムジナモにみられる構造のように刺激を感知して反応を起こす器官としての役割はない。捕虫嚢の内容液は外液との浸透圧に差はないと考えられており、捕虫の際に嚢内に吸水した液体については、外液と内液の浸透圧の差によって排出されているのではなく、嚢壁細胞を通じて液体を移動し、嚢外に排出すると考えられている。水が排出されると捕虫嚢は内向きにたわみ、内部が減圧状態になる。たわんだ嚢壁はばねのようにエネルギーを蓄積する。そして最終的に、捕虫嚢の内液と嚢壁の細胞との浸透圧の差によって排水が停止し、捕虫嚢が「セット」された状態になる。捕虫嚢の扉は、入口の下部にある柔軟な部分によって押さえられる。毛状の構造は感覚器官ではないが、何かに触れられた際の振動などで、ぴったりと閉じられていた扉に隙間を生じさせ、そこから水が流入するため、実質的には平衡を破る引鉄の役割を果たすことになる。水が流入し、入口が開くと毛状構造に触れた動物プランクトンなどが水と共に吸引される。捕虫嚢の両側の緊張は即座に緩み、楕円形になる。捕虫嚢内が水で満たされると入口は直ぐに閉じられる。この一連の過程が完了するまでの時間は、1000分の10秒から1000分の15秒である。獲物が捕虫嚢内にいても内部の水は排出され続け、次の捕獲準備までにはわずか15-30分しかかからない。ふつう捕虫嚢に捕らえられる生物は、水生の甲殻類、ダニ、線形動物、輪形動物、原生動物などとされている。取り込まれた獲物は、通常数時間以内に消化酵素によって溶かされる。例えばゾウリムシは、捕虫嚢に取り込まれて75分ほどで消化される。消化酵素には、プロテアーゼ、酸性フォスファターゼ、エステラーゼなどが含まれている。しかし一部の原生動物は高い消化耐性をもち、数日間捕虫嚢内で生存することもある。また捕虫嚢内には、内液に存在する栄養分を利用するバクテリア、放線菌、藻類などが多く生息しており、微生物群集を形成している。その微生物群集の構成比は、捕虫嚢が形成されてから経過した時間によって変化している。このことから、タヌキモ属植物と捕虫嚢内の微生物群集が一種の共生関係にある可能性が示唆されている。タヌキモ属はタヌキモ科の模式属であり、ほかにムシトリスミレ属("Pinguicula")、ゲンリセア属("Genlisea")が属する。食虫植物の中では最大の種数を持つ。かつては十数属が存在したこともあったが、統合されて上記のほか "Polypompholyx" 属と "Biovularia"属の計5属とされた時期が長かった。"Polypompholyx tenella"、"Polypompholyx multifida"、"Biovularia olivacea"、"Biovularia cymbantha" などの種が記載されていたが、現在ではすべてタヌキモ属に含められている。タヌキモ属には多い時で約800種が記載されていたが、属数同様統合され、ピーター・テイラー(en)によって214種に減らされた。テイラーの分類は、分子系統学的な研究によって修正がなされ、現在でも用いられている(後述)。種数は分類方法によって若干異なる。日本の代表的な植物図鑑の一つ『原色日本植物図鑑』には下記の主な種の内11種の記載があるが、5種の学名が違っている。また和名にも混乱がみられ、例えばタヌキモの学名は "U. vulgaris" var. "japonica" 、イヌタヌキモの学名は "U. australis" とされているが、タヌキモを "U. australis" として扱っている例や、タヌキモをイヌタヌキモの一品種とする考え、二種を区別しない考え、タヌキモをイヌタヌキモとオオタヌキモの自然交雑種とする考えなどがあり、名称についての意見が一致していない。他"U. japonica" という学名が使われることもある。またイトタヌキモについても、"U, gibba" と "U. exolata" をそれぞれオオバナイトタヌキモ、イトタヌキモと区別することもあるが、"U. exolata" を "U, gibba" のシノニムとすることもある。以下に主な種と、主な分布域を挙げる。なお、ここで挙げたタヌキモ類の各種は "Utricularia" 亜属、ミミカキグサ類の各種は "Bivalvaria" 亜属に分類される。下の分岐図は、亜属と節の関係を示したものである。この図は、Jobson et al.(2003)とMüller et al.(2004)に基づいて描かれ、さらにMüller et al.(2006)による知見を加えて作成された。"Aranella" 節と "Vesiculina" 節は多系統群で、図中では * で示した。いくつかの単型の節については、これらの研究結果に含まれていないため、この分岐図における位置は不明である。上図に含まれていない節は次の通り。タヌキモ属の種の中には、環境の悪化などによって個体数を減らしている種もある。2012年現在、IUCNのレッドリストでは18種が保全状況を評価されており、うち1種が絶滅危惧種 (EN)、2種が危急種(VU)、2種が準絶滅危惧種(NT)とされている。また、例えば日本のレッドデータブックでは8種、オーストラリアのノーザンテリトリーでは10種が、絶滅の危険性がある種とされている。日本固有種のフサタヌキモなどは、人間活動の影響が大きい平地の水域に生育するため、水質悪化や埋め立てなどの影響を強く受け、消滅寸前の種となっている。またその希少性から、自生地の個体が盗掘されることもある。また、ヒメタヌキモの生育を脅かす要因として示唆されているような、外来種の存在や気候変動による絶滅の危険性も考えられる。また湿地は干拓や埋め立ての対象となりやすく、もっとも危機に瀕している自然環境の一つである。そのため、ミミカキグサ類など湿地性のタヌキモ属が個体群を減らすことが懸念されており、日本の埼玉県などでは自生地を天然記念物に指定して、増殖事業を行っている。また愛知県では、ミミカキグサ類などが自生する壱町田湿地や葦毛湿原を環境保全地域に指定し、保護に取り組んでいる。タヌキモ属の各種は、観賞用にアクアリウムなどで栽培される。近年ウォーターローンの総称のもと数種のミミカキグサ類が愛用されている。食虫植物の愛好家の間では、フサタヌキモなど希少な種は高い値段で売買されることもあるという。他にもウサギゴケ("U. sandersonii")などは、小型種ながら、ウサギの顔のような花の形とネーミングが一致して広く人気を集めている。アルピナなどの着生種で花の大きなものは、洋ランと同様に扱えることもあり、古くからそれに準じる扱いがされた。タヌキモ属は栽培の容易な種が多い。タヌキモ類では、コタヌキモ("U. intermedia")など浅い水域を好む一部の種を除いて、水槽で容易に育成できる種が多い。水槽での育成には炭酸ガスの添加が有効である。ただし "U. purpurea" のように、長期間の輸送によって草体がちぎれやすく、育成の難しい種もいる。
出典:wikipedia
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