株式会社キンカ堂(きんかどう)は、かつて「キンカ堂」や「バイハンズ」の名称で衣料品専門店およびスーパーマーケットチェーンを運営していた日本の会社。非上場会社。1945年(昭和20年)に中古衣料品類販売店として野萩康雄が東京・池袋で創業し、1951年(昭和26年)に法人化したスーパーマーケットなどを運営していた企業で、池袋駅東口にあった池袋店は池袋の戦後復興の象徴的存在でもあった。池袋店は毛糸や布地など手芸関連の商品を豊富に取りそろえ、低価格で販売しており、手芸品の殿堂として親しまれた。1968年(昭和43年)に埼玉県川口市に川口店を開店したのを皮切りにチェーン展開に乗り出し、祖業である衣料や生地などの販売に加えて食料品や雑貨の販売にも進出して総合スーパー業態の店舗を展開した。1978年(昭和53年)から1979年(昭和54年)にかけて深谷や佐野、古河の北関東地域で売り場面積が約8,000m²から約9,000m²の大型店出店を開店するなど埼玉県や栃木県を中心とする北関東地域にチェーン展開した。1980年(昭和55年)8月にニチリウに加盟して食料品を調達力を強化するなどして2007年(平成19年)全売上高の約20%を食品が占め、最盛期の1992年(平成4年)2月期には売上高約732億円をあげた。また、スーパーマーケット勃興期の昭和40年代初頭には当時業界四強の十字屋・扇屋(合併を経てジャスコ→イオン)・赤札堂(現在はアブアブ赤札堂が運営)と並んでJOAKと呼称された。また、東京では,アブアブ赤札堂や羊華堂(現・イトーヨーカ堂)と並んで3つの堂として注目される場合もあった。1990年代後半に古い小型店を閉鎖し、1995年(平成7年)10月に約1,500台の大型駐車場を併設した佐野店を栃木県佐野市に開業し、1997年(平成9年)2月に茨城県猿島郡境町にフィズ境店を開店するなど店舗の大型化や郊外化への対応を進めた。しかし、大手量販店の台頭や郊外店との競合など同業他社との競争が激化したことに加えて消費の低迷が続いたため、売上が落ち込んで業績が悪化することになった。そのため、2002年からは他のスーパーマーケットやショッピングセンターにテナントとして手芸専門店「バイハンズキンカ堂」を出店することを中心に据えるなど出店戦略を変更し、近年は、手芸品の殿堂としてユザワヤと並ぶ手芸専門店に原点回帰の傾向にあった。2008年(平成20年)1月20日に全店舗の直営食料品売場を閉鎖し収益力が低下していた食品販売部門から撤退、カスミなど食料品スーパーのテナントで補う方針とした。しかし、大型駐車場を完備したフィズ境店と佐野店にはカスミが進出し、同年2月22日にフィズ境店にフードマーケットカスミフィズ店、同年3月20日にフードマーケットカスミ堀米店を出店したが、富岡店は後継の食品スーパーが見付からず食品売場を自己破産で閉店するまで再開できないなど店舗によって明暗が分かれた。前述の様な競合の激化による売上減少や食品販売の撤退による売上減少などもあり、2009年(平成21年)2月期には売上高約149億円にまで落ち込んで債務超過に陥り、負債総額約45.7億円を抱えることになった。そのため、2010年(平成22年)2月22日、東京地方裁判所に破産手続開始の申立て(自己破産)をし、同日、破産手続開始決定がなされた。(東京地方裁判所平成22年(フ)第3021号破産事件)これを受けて、中小企業信用保険法の「特定中小企業者」の認定申請期間が開始となり、同日から全店舗が閉鎖された。そのなかの一つである池袋店も、同日から閉鎖され、シャッターが下りたままになった。2011年(平成23年)3月24日、キンカ堂健康保険組合が解散する。2011年(平成23年)4月28日、優先債権2億2270万2753円(債権全額)、一般債権3億9406万7837円(債権額は13億1873万555円)が、最終配当され、破産手続きが終結した。前払式証票の規制等に関する法律に基づいて2009年(平成21年)9月にキンカ堂が供託した約1億円の発行保証金を原資とした商品券の還付手続きを、2010年(平成22年)3月30日から6月8日の期間に所定の申し出書に商品券の現物を添付する形で関東財務局が受付け、約2億円程度と推計される未使用分に対して諸手数料を差し引いた金額が還付されることになった。池袋店には、店舗閉鎖後、本館のシャッターには閉店を惜しむ全国のファンからのメッセージが貼り付けられるようになった。張り紙や告示への書き込みの形で2010年(平成22年)3月1日で約50件のメッセージがあり、その後も日に日に増え続けて同月下旬には大人の背の高さを超えるところまでシャッターを埋め尽くすほどになって張る場所がない人のためのノートまで置かれるような状態になった。しかし、これらのメモ類は、何者かによって撤去されてしまい、建物を管理している破産管財人の弁護士事務所や「キンカ堂が発行した商品券の還付手続き」についての告知を張ってもらうよう管財人に依頼をした関東財務局などの関係者も問い合わせを受けるまで撤去されたことを知らなかった。その後、池袋店の跡の空き店舗は大型商業施設の再生を手掛けるコンサルタント会社の「やまき」によって再生され、2011年(平成23年)4月に本館の跡にジーユー池袋東口店が出店し、2011年(平成23年)11月に別館の跡にパチンコ楽園池袋店が出店し、それに伴って大規模な改修工事が行われた。自己破産申請をした2010年(平成22年)2月22日から全店舗閉鎖もしくは閉店となったため、以下の店舗はその直前まで営業していた店舗である。なお、インターネット店舗の池袋KN店は、別会社の株式会社レヴが運営しているため、現在も営業している。
出典:wikipedia
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