


小野(おの Ono)は、鹿児島県鹿児島市の町名。旧鹿児島郡鹿児島近在小野村、鹿児島郡伊敷村大字小野。小野一丁目から小野四丁目までと小野町があり、小野一丁目から小野四丁目までのうち小野三丁目の一部を除く全域で住居表示を実施している。人口は5,666人、世帯数は2,281世帯(2010年2月末現在)。郵便番号は小野一丁目から小野四丁目は890-0021、小野町の内4784番地から5118番地は891-1222、小野町の左記以外は890-0022である。鹿児島市の北部、田上川上流域に位置している。町域の北方に伊敷町、伊敷、犬迫町、南方に武岡、明和、永吉、東方に下伊敷、伊敷、西方に西別府町が接している。町域の中央部を鹿児島県道206号徳重横井鹿児島線が東西に通っており、西部には九州自動車道が南北に通っている。南部に鹿児島県立武岡台高等学校と鹿児島県立武岡台養護学校が隣接して所在している。小野は室町期より見える地名で、薩摩国鹿児島郡のうちであった。永享4年の守秀坪付に「鹿児島小野之内 六反廿いわ下の門」とあるのが地名の初見であると考えられている。江戸期には鹿児島郡鹿児島近在のうちであり、村高は「天保郷帳」には1,132石余、「旧高旧領取調帳」には1,403石余と記されている。村内から切り出された小野石は甲突川五石橋や仙巌園、尚古集成館などの建材として利用され、鹿児島近在のうちでは最上のものであったとされる。小野村内には薩摩街道、郡山街道、永吉村往還が通っていた。1889年(明治22年)に町村制が施行されたのに伴い、鹿児島近在のうちの8村の区域より伊敷村が成立し、江戸期の小野村は伊敷村の大字「小野」となった。1950年(昭和25年)には伊敷村が鹿児島市に編入され、鹿児島市の町名「小野町」となった。1978年(昭和53年)には小野町の一部より武岡一丁目から武岡三丁目、1979年(昭和54年)には武岡四丁目及び五丁目、明和一丁目から五丁目、1988年(昭和63年)2月15日には小野町の一部より小野一丁目及び小野二丁目が分割された。1991年(平成3年)には小野町の一部から小野三丁目及び小野四丁目が設置された。1993年(平成5年)に小野町の一部より武岡六丁目が設置され、小野町の一部が小野三丁目に編入された。2005年に鹿児島市立武岡中学校の周辺を小野町から武岡五丁目に編入した。市立小・中学校に通う場合、学区(校区)は以下の通りとなる。
出典:wikipedia
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