ジェフユナイテッド市原・千葉(ジェフユナイテッドいちはら・ちば、)は、日本の千葉県市原市および千葉市をホームタウンとする、日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)に加盟するプロサッカークラブ。呼称は「ジェフユナイテッド千葉」である。旧クラブ名称は「ジェフユナイテッド市原」。1946年創部の古河電気工業サッカー部が前身であり、1993年のJリーグ開幕時より加盟している10クラブ(オリジナル10)のひとつである。ホームタウンは2002年まで千葉県市原市、2003年から市原市および千葉市へ変更・広域化された。ホームスタジアムはフクダ電子アリーナ、練習場はユナイテッドパークであり、クラブハウスも同地に立地している(詳細は#スタジアム・練習場を参照)。運営会社はジェフユナイテッド株式会社(2009年10月1日に株式会社東日本ジェイアール古河サッカークラブより商号変更)。東日本旅客鉄道(JR東日本)と古河電気工業(古河電工)が50%ずつ出資(資本金:4.9億円)。なお、2008年までは1億円であったが、クラブハウス(2009年10月竣工)建設費調達などの関係から、2009年に増額された。クラブ名の「ジェフユナイテッド」(JEF UNITED、ユナイテッド=結束した)はクラブとホームタウンの結びつき、チームの協調・連帯感を表現しており、1991年に公募で決定された。また、JEFは、クラブの母体となったJR-East(=JR東日本)・Furukawa(=古河)の略称にも由来する。マスコットは秋田犬の兄弟。背番号2の「ジェフィ」(兄)、背番号9の「ユニティ」(弟)である。ちなみに両マスコットの背番号は足すと11で、1つのチームを示すものである。2011年6月に雌のミックス犬(雑種)「みなちゃん」がマスコットに加わった(背番号は12)。クラブのフィロソフィは「WIN BY ALL!」であり、2001年シーズンより継続して使用している1946年創部の古河電気工業サッカー部が前身。1965年の日本サッカーリーグ(JSL)に発足時から参加。日本リーグ時代は三菱重工(現・浦和レッズ)や日立(現・柏レイソル)とともに丸の内御三家と言われ、JSL優勝2回、天皇杯全日本サッカー選手権大会優勝4回、JSLカップ優勝3回の成績を収める。また、アジアクラブ選手権1986-87で日本のクラブとしては初めてとなるアジアタイトルを獲得した。1991年6月、運営母体が古河電気工業と東日本旅客鉄道(JR東日本)が共同出資して設立した「株式会社東日本ジェイアール古河サッカークラブ」となり、チーム名称を「東日本JR古河サッカークラブ」へ変更。また、同年11月にチームニックネームが「ジェフユナイテッド」に決定した。ホームタウンについては、古河の拠点としていた横浜市とは別の場所を選定することになり、JR東日本の関係から仙台市に話を持っていったがまた断られた。1992年5月、千葉県市原市をホームタウンとすることが決定した。また、ホームスタジアムとして、市原緑地運動公園臨海競技場(以下「市原臨海」)を改修して使用することになった。なお、1992年のJリーグカップは、太田市運動公園陸上競技場(群馬県)、平塚競技場(神奈川県)、千葉県総合スポーツセンター陸上競技場(千葉県)、および西が丘サッカー場(東京都北区)で主催試合を開催した。1993年の開幕戦は広島と対戦(1-2で敗戦)。なお、成績面は、1997年まで順位は中位から下位、カップ戦もグループリーグ敗退、初戦敗退と振るわなかった。天皇杯は、1993年から4年連続で初戦敗退を喫し、1995年はブランメル仙台、1996年は富士通と2年連続でJFL勢に敗れた。プロ移行後の天皇杯初勝利は、1997年のコンサドーレ札幌戦であった。一方で1994年にはフランク・オルデネビッツ(オッツェ)が得点王を獲得した。観客動員は1993年がV川崎に次いで2位。1994年はV川崎とG大阪に次ぐ3位で、平均観客動員が2万人を超えていたが、1997年から2005年までの9年間は年間入場者数がJ1最下位であった。J12016年2月現在※2016年2月現在。他クラブでの出場は含まない。ホームスタジアムはフクダ電子アリーナである。なお、過去のホームゲーム開催スタジアムは「当項目」を参照のこと。2002年シーズン開幕前、川崎製鉄(現:JFEスチール)工場跡地に建設される千葉市蘇我スポーツ公園内の球技場が完成した後、Jリーグ加盟以降のホームスタジアムであった市原緑地運動公園臨海競技場と同球技場を併用する方針を発表した。2005年10月、千葉市蘇我球技場(現:フクダ電子アリーナ)が供用開始となった。2006年は市原臨海の改修工事のために全試合をフクアリで開催したが、市原臨海での改修工事に関して日本サッカー協会より以下の条件を提示された。これに対し、市原市は「これ以上の財政支出は、市民の了解を得られない。」としてスタジアムの改修工事を断念した。なお、市原臨海でのジェフのホームゲームは2007年以降は開催されておらず、Jリーグに提示した本拠地登録も2010年を最後に抹消されている。2000年にクラブハウス、練習場が市原市へ移転した後も浦安市ではジュニアユースチーム(ジェフユナイテッド・ジュニアユース舞浜)及び舞浜スクールが活動を続けていたが、2005年に舞浜のクラブ機能は全て閉鎖された。舞浜に代って2005年からは習志野市茜浜地区に新たに練習場が確保され、ジュニアユースチーム(ジェフユナイテッド・ジュニアユース習志野)、習志野スクール及びレディースチームが活動している。2009年10月、トップチームの練習場・クラブハウスとしてユナイテッドパークが開設。隣接する千葉市蘇我スポーツ公園内の施設共々活用されている。ジュニアユースチームは市原市の辰巳台地区と習志野市の茜浜地区にあったが、2010年より統合された、その代わり前述の2か所のほか千葉市、浦安市でサッカースクールを運営している。千葉県外では栃木県宇都宮市(ジェフユナイテッドクオーレ)にサッカースクールを所有している。また、東北電力名取スポーツパーク(NASPA、宮城県名取市)と提携してスクールの運営も行っていた(東日本大震災後にNASPA自体が閉鎖)。これは、ジェフがJリーグ発足当初、市原市を中心とし、JR東日本沿線の東北、関東、甲信越の各地域を広域的にネットワークする構想を持っていたことの名残りである。また、スクールのデリバリー版として「サッカーおとどけ隊」が主に市原市、千葉市内の保育園・幼稚園・小学校・中学校くらいまでを範囲として訪問している。また千葉大学と提携して指導者向けの講習も行っている。下部・関連組織として、女子チームのジェフユナイテッド市原・千葉レディースがある。ジェフLは当初(1992年)からジェフの下部組織として運営されている。なお、セカンドチームとしてジェフユナイテッド市原・千葉リザーブズが活動していたが、2011年を以て活動を終了した。
出典:wikipedia
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