老松町(おいまつちょう)は神奈川県横浜市の町名。。2010年6月30日現在の人口は1,501人。郵便番号は220-0032。横浜市西区南東部に位置する。北で伊勢町、北東で戸部町、東で宮崎町、南東で中区野毛町・中区宮川町、中区日ノ出町、南で東ケ丘、南西で赤門町、西で霞ケ丘、北西で西戸部町と接する。野毛山公園及び野毛山動物園の園地が半ばを占める。関東大震災及び第二次世界大戦による戦災の被害が少なく、官公署関連の建物が多い。1876年(明治9年)、戸部町の一部から横浜町の町名として成立。1878年(明治11年)に横浜区、1889年(明治22年)に横浜市、1927年(昭和2年)10月1日、横浜市の区制施行により横浜市中区の町名となる。1935年(昭和10年)、第2次市区改正により月岡町の全部及び西戸部町・南太田町の各一部を併せる。1944年(昭和19年)分区のため西区老松町となり、同年中区野毛町の一部を編入する。。1876年(明治9年)に当地の花屋敷(遊園地)に日本最初の迷路園(当時は「メーズ」と呼んだ)が設けられた。明治中期からは原富太郎・茂木惣兵衛・左右田金作・平沼専蔵らの別邸が建てられている。1924年(大正13年)に横浜市震災記念館(1942年〔昭和17年〕に横浜市市民博物館に改組)、1926年(大正15年)には野毛山公園、1927年(昭和2年)には横浜市立図書館(現・横浜市中央図書館)が設置されている。市立図書館は第二次世界大戦中は横浜連隊区司令部が使用し、終戦後はアメリカ占領軍第8軍が接収、接収解除後は横浜市復興局が使用した。野毛山公園は1946年(昭和21年)の復活メーデーで使用され、以降各種市民集会にたびたび使われている。1949年(昭和24年)には反町とともに日本貿易博覧会会場となっている。1951年(昭和26年)に野毛山動物園・遊園地が開園、1958年(昭和33年には)ラジオ関東(現・アール・エフ・ラジオ日本)が当地で開局されている(1996年に中区長者町に移転、現在はアール・エフ・ラジオ日本野毛山無線基地が残っている。)。老松の多い景勝地だったことに因むといわれている。京急本線が地下を通過しているが、当地内に開口部はなく、駅も存在しない。
出典:wikipedia
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