通貨安競争(つうかやすきょうそう、)とは各国が、労働力などの自国通貨建て生産要素の価格を相対的に引き下げることによって失業率低下・資源稼働率上昇を図るため、自国通貨安に誘導することである。通常、自国通貨の為替レートを切り下げることで自国の貿易収支黒字を伸ばすことが期待できる。ここで、貿易をおこなうA国とB国を考える。そして、A国が自国の貿易を有利にする目的で為替レートの切り下げを行ったとする。すると、A国は輸出増加と輸入減少によって景気が良くなり、A国の貿易相手国であるB国は輸入増加と輸出減少によって景気が悪化する。このA国の為替介入政策は、近隣窮乏化政策となり、B国の経済状況を悪化させる。すると、B国は報復的な自国通貨の切り下げを行い、それを受けたA国はさらに自国通貨の為替切り下げを図る。結果的に、為替レートの切り下げ競争が起こる。このような状況では国際的に為替レートが不安定となり、不安定な為替レートは貿易においては大きなマイナス要因となるため、A国およびB国の自由な貿易を阻害することになる。これを通貨安競争という。自国通貨の為替レートを、自国の貿易を有利にする目的で切り下げることは近隣窮乏化政策と呼ばれるが、このような為替操作はIMFにおいて禁止されている。2009年、世界貿易量の約12%減という事態に象徴されるような深刻な経済沈滞に伴い、2009年までに通貨安競争の条件のうちいくつかは満たされていた。当時、先進国の間で、先進国の赤字の大きさが広く不安視されていた。先進国経済は、輸出主導の経済成長を最適な戦略とみなす中で、ますます新興国経済との関係を深めることとなった。国際協調が2009年のロンドンG20サミット(第2回20か国・地域首脳会合)によってピークに達する以前に、2009年3月には経済学者であるTed Trumanは競争的な為替切り下げの懸念を警告した最初期の人物のひとりとなった。彼はまた、"competitive non-appreciation (競争的非増価)"という言葉を作った人物でもある。2010年9月27日には、ブラジルのマンテガ財務大臣も「世界は国際的な通貨安競争の真っただ中にある」と述べた。数々の金融系ジャーナリストがマンテガの見解に賛同しており、例えば「フィナンシャルタイムズ」のAlan Beattie や「The Telegraph's」のAmbrose Evans-Pritchardが挙げられる。ジャーナリストはマンテガの見解をさまざまな国によってなされる、為替レート切り下げを意図した介入と結びつけた。このような介入を行っている国として、中国、日本、コロンビア、イスラエル、スイスなどが挙げられる。CFA Instituteのジェームズ・リカーズは2010年以降、アメリカを発端として通貨安競争が発生し、2014年現在まで続いているとしている。2010年にはジョセフ・E・スティグリッツは、欧州やアメリカの欧州中央銀行(ECB)、連邦準備理事会(FRB)の金融緩和政策が世界経済に過剰流動性をもたらし、為替レートを不安定な状態に陥れているとしており、周辺国のブラジルや日本などの国々が打ち出した自国通貨高抑制の動きについて一定の理解を示す発言をしたものの、追加の金融刺激策は世界の需要不足によって生じた問題を解決できないのは明らかと指摘している。2013年にモスクワで開かれたG20財務相・中央銀行総裁会議において採択された共同声明においては、「通貨の競争的な切り下げを回避する」と明記され、通貨安競争を避ける方針で一致した。2014年10月11日、アメリカのジェイコブ・ルー財務長官は、国際通貨金融委員会(IMFC)に対する声明を発表し、為替相場について通貨安競争を回避するとしたG7声明などの順守を強調した。2014年10月、ワシントンで開かれたG20財務相・中央銀行総裁会議では、ジェイコブ・ルーが通貨安競争をけん制する一方で、日本の日銀総裁や欧州諸国は自国通貨安による経済へのプラス面を強調し、認識にややずれがみられた。このような通貨安競争についてジェームズ・リカーズは、2012年時点で、通貨戦争が一過性のものではなく本格化していくと予想しており、ドル減価で世界が終わりなき通貨戦争へと至るとしている。このように2010年以降の通貨安競争の悪化に対する懸念が示される一方で、通貨安政策に関して一定の理解を示すものもいる。例えば、日本は通貨安政策を行っていることが指摘されるが、2013年4月17日、カナダ中央銀行のマーク・カーニー総裁は日本の金融政策について「モスクワG20声明と完全に整合しており、国内目標に照準を定めている」という趣旨の発言をし、アメリカのジェイコブ・ルー財務長官は、「日本が国内向けの政策ツールを用いて内需拡大を目標としている限り、G7が数週間前にモスクワ会合で合意した内容に沿っている」と発言した。逆に日本の通貨安政策を非難する意見もあり、2013年6月6日、アメリカ合衆国下院の与野党議員226人は、日本を主要な為替操作国と名指しし、日本の政策は「市場を歪めている」として対応を求める連名の書簡をバラク・オバマ大統領に送った。通貨安競争は1929年に始まった世界恐慌時に初めて行われたとされている。1931年から1932年にかけて、イギリスがポンドを切り下げたのをきっかけに、1936年の三国通貨協定まで多くの欧州諸国が追随して通貨を切り下げる事態となった。これにより、世界貿易は縮小し世界経済は一段と悪化したとされてきた。ただし、この通貨安競争が1930年代の景気の後退要因になったとの説は2010年現在では否定的に見られていると主張するものもいる。1930年代に恐慌が世界に伝播したのは、各国が為替切り下げ競争を行ったからではなく、各国が自国為替レート維持のために金本位制に固執し、結果として自国の貨幣収縮を自ら招き寄せてしまったからである。バリー・アイケングリーンとジェフリー・サックスによれば、1930年代に発生した通貨安競争は世界の貿易や経済を縮小させた直接的原因ではなく、世界的な拡張的金融政策が世界恐慌からの離脱の契機になったと分析している。1930年代の金本位制下の世界経済において、金本位制の段階的離脱を伴った為替切り下げ競争はむしろ大恐慌からの回復の契機となったことを示唆した。彼らによれば、ある国が通貨の切り下げをすると、短期的には外国はマイナスの影響を受けるが、外国も金融緩和する。すると両国ともにインフレーション率が高くなるが、両国ともに許容できるインフレ率に限界があるため際限のないインフレにはならず、金融緩和競争はいつまでも続かないという。金融緩和策を伴う為替レートの切り下げが、自国の金融緩和を通じた内需増加と、為替レート切り下げを通じた外需増加をもたらすかぎり成り立つ。ただし、これは1930年代の恐慌と為替切り下げ競争の関係について述べたものであって、為替切り下げ競争そのものを肯定しているわけではない点に注意を要する。アイケングリーンはバリー・アーウィンとともにリーマン・ショック以降の状況についても論説「How to prevent a currency war(いかに通貨安競争を防ぐか)」を出しているためこの通貨安競争が常に良い結果をもたらすと主張しているわけではない。アイケングリーンやベン・バーナンキらより一世代前の大恐慌研究家に当たるチャールズ・キンドルバーガーは、通貨切り下げ競争はデフレの原因であったとしていた。これは当時の国家間の「非対称性」という個別事情に起因するもので、1926年には英ポンド高仏フラン安が生じ、金塊がイギリスからフランスに移動したが、その結果これまで対外貸し出しに積極的だったイギリスは貸し出しを抑制し、一方で対外貸し出しを嫌っていたフランスは貸し出しを増加しなかった。そこでフランの切り下げはこの非対称性のもとでデフレ効果を生んだとする。上で述べられているように、1930年代に関しては、アイケングリーンとサックスによる論文(1985,1986)において過去のデータや2カ国におけるマンデルフレミングモデルを用い、1930年代における金融政策および為替政策の国内・国外への影響が分析された。この時代に関しては、金本位制を放棄して、自国通貨を切り下げ、国内の貨幣供給量を拡大した国は、そうでない国より早く不況から脱したことが示されている。しかし、アイケングリーン(2013)は「1930年代半ばまで金本位性が取られていた当時の世界経済と、2013年現在の世界経済は状況が異なるため、この議論を2013年現在の経済にそのまま適用することはできない」としている。ジョセフ・E・スティグリッツは、2010年11月時点で「アメリカの量的緩和政策は通貨安競争というアメリカの戦略の一環として景気浮揚効果をもたらすかもしれない。金利低下によって為替レートは下がるが、これを為替操作と見なすか、金利低下の偶然の副産物と見なすかは重要ではない。確かな事は、ドル安がアメリカに貿易面で競争優位をもたらしているということである」「アメリカの政策は、ドル安誘導とともに、他国を通貨高につながる措置に追いやるという意味で、通貨安競争で効果を上げている」と指摘している。スティグリッツは、通貨安競争は「選ばれる兵器」だと述べており、「為替安誘導によって、輸出も可能になる」「もちろん、すべての国が他国より為替安にできるわけではない」と指摘している。 経済学者の浜田宏一は「日本が金融緩和策を伴わない為替介入を行う一方で、他国が金融緩和策により為替レートを切り下げると、それは日本にとっての『自国窮乏化策』になる」「各国が金融緩和競争によって通貨を下げてもおのずと限界があり、世界経済は壊滅的にならず、むしろ良くなる」と指摘している。浜田と経済学者の岡田靖は変動為替制度における為替切り下げ競争は、世界経済で望ましい状態をもたらすことを示している。経済学者の原田泰は「全世界で金融緩和競争をすれば、景気が良くなりすぎて、過度のインフレになる国が出てくる。そのような国は自国の利益のために金融を引き締める。インフレのときに自国通貨が高まることは、国内需要を犠牲にせずにインフレを抑える効果がある。また、輸出が増えるときには必ず輸入も増える。しかも、輸出が増加したときには、輸出額から輸入額を引いた純輸出は減少し、輸出が減少したときには純輸出が増加する傾向がある。なぜなら、長期の輸出拡大は、設備投資の拡大をももたらすからである。投資の拡大は内需の増加で、当然輸入の拡大ももたらす。輸出増加はその国の景気を回復させ、さらには世界の需要も拡大させる」と指摘している。浜田宏一は「自分の国物価のことは自分の国の金融政策で対応するのが変動制下の基本的なルール。いわゆる近隣窮乏化論というのはまったく根拠がない」「『通貨戦争は悪である』という考え方は、前世紀の固定相場制下の発想である。変動相場制下においては『通貨政策の失敗はそれぞれの国の責任である』というのが、政治経済学の国際常識である」と指摘している。片岡剛士は「自国通貨安は近隣窮乏化に繋がるとの批判があるが、(金融緩和策を通じた)通貨安により当該国の購買力が高まれば、輸入というかたちで効果は当該国以外の国にも波及する。世界的なインフレ率の低下と需給ギャップの拡大が懸念される中で、各国が一致して同時に行動を起こすのがセオリーである」と指摘している。経済学者の若田部昌澄は「IMFは為替操作を基本的には認めていない。ただ、これを金融政策としてやれば、為替操作に当たるかどうかという問題を回避できる。そういうことをすると、近隣窮乏化という批判を受ける。仮に百歩譲って近隣窮乏化だとしても、こちらがそれに参加しないと自国窮乏化になってしまう。結局のところ、我々が貧しくなりたくないのであれば、近隣窮乏化であろうがなかろうが、通貨安競争には参加するしかない」と述べている。経済学者の高橋洋一は「『国内対策として金融政策を実施することによって結果として通貨安になるのはいいが、為替介入によって通貨安にしてはいけない』という国際常識を踏まえておけば、国際的な批判は集まらない」と述べている。経済学者の翁邦雄は「安倍政権が当初、大胆な金融緩和の目的として、為替レートの円安誘導を明言し、手段として外債購入に言及したり、為替レートの誘導目標水準まで言い続けたのは大失敗である。狙いがそういうことだと困るということで、海外から強い反発があり、金融緩和そのものにブレーキがかかった。あくまでもいろいろな要素の全体的な結果として、為替レートが動いてしまった、という方向への軌道修正を徹底していく必要がある」と指摘している
出典:wikipedia
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