アメリカ外交公電ウィキリークス流出事件(アメリカがいこうこうでんウィキリークスりゅうしゅつじけん)は2010年11月28日よりウィキリークスでアメリカ合衆国の機密文書が公開された事件。通称"Cablegate"。11月28日、251,287件の文書の内、219件がエル・パイス(スペイン)、ル・モンド(フランス)、デア・シュピーゲル(ドイツ)、ガーディアン(イギリス)、ニューヨーク・タイムズ(アメリカ)によるマスコミ報道によって同時に公開された。文書の内訳は、機密扱いされていない (Unclassified) 文書が130,000件以上、秘 (Confidential) 文書が約100,000件、高レベルの極秘 (Secret) 文書が約15,000件、機密 (Top secret) 文書はなし、である(Classified informationを参照)。ウィキリークスは当初、全ての公電を数カ月をかけて公開することを計画したが、後述の通り2011年9月2日に全25万通を公開した。流出データは元々バグダッド近郊基地に駐屯する23歳の情報下士官が国防省のSIPRNetネットワークからレディー・ガガの音楽CDに見せかけたCDで持ち出したとみられている。2010年11月22日、ウィキリークスは米軍に関する過去の機密文書をまとめて公開する準備をしているとTwitter上で公表。26日、マイケル・マレン統合参謀本部議長はウィキリークスに対して中止を求めた。28日、ウィキリークスがアメリカの秘密外交文書約25万点を公開開始。ロバート・ギブス報道官は直ちに「最も強く非難する」との声明を発表した。以後、ウィキリークスは一日に数十の文書を公開していくという手法をとったが、協力関係にあったガーディアンの記者が2011年2月に出版した著書の中に公電を閲覧するためのパスワードが書かれ、未編集版の公電が誰でも閲覧可能な状況になってしまったことを同年8月に公表。ウィキリークスは9月2日に全251,287通の文書公開に踏み切った。この際、伏字も行わなかったため、公電上に記載された情報提供者の名前まで暴露された。一挙公開に至った背景には、前述のとおりパスワードが流出するなど、ウィキリークス自身が莫大な数の公電をコントロールしきれなくなったのが原因との指摘もある。約25万点の外交公電が公表、そのうち5,697点は東京発の公電で3番目に多かった。このうち1,660点が機密文書にあたる。公電はあまりに数が多いため、その範囲も多岐に渡る。ここでは一部について記述する。外交公電の公開の初期には、アメリカ大使館の職員らによる、各国首脳らへの歯に衣を着せない評価が多く公開された。ホワイトハウスは、「米国政府に対するサイバー攻撃」として全面戦争を宣言。12月1日、再発防止に向けて国家安全保障会議に担当官を設けた。2日、ヒラリー・クリントン国務長官が11カ国の首脳に電話で遺憾の意を表明した。これまでにアースィフ・アリー・ザルダーリー・パキスタン大統領とハーミド・カルザイ・アフガニスタン大統領、クリスティーナ・フェルナンデス・デ・キルチネル・アルゼンチン大統領には電話で直接謝罪。他イギリス、フランス、ドイツ、中国、カナダの外相らにも遺憾の意を表明した。ロバート・ギブズ報道官は3日、「今は共有の必要性と知る必要性のバランスを取らなければならないを理解している」と述べた情報共有の見直しを進めることを明らかにした。ウィキリークスと提携するニューヨーク・タイムズやガーディアンなど大手メディアは積極的に暴露文書を報じている。ウォールストリート・ジャーナル日本語版でもJapan Real Timeで日本に関係する文書の内容を掲載。今後文書の一部を公開するための参考として読者から希望する文書をメールで募集している。メディアを活用した大々的な公開手法は、元々ガーディアンの名物記者がウィキリークス側に持ちかけたものである。デービス記者は2010年6月下旬、ブリュッセルのカフェでアサンジ氏と接触「より文書公開の衝撃度が増す」として連携を持ちかけた。ガーディアンのブログでは当時分刻みでウィキリークスの情報を更新していた。ウォール・ストリート・ジャーナルとCNNにウィキリークス側から情報の提供の申し出があったが、解禁日時を破った場合の罰金などを要求されたため拒否した。ニューヨーク・タイムズは以前にジュリアン・アサンジを批判する記事を書いたことから申し出はなかった。そのためガーディアンから公電を入手することになった。ル・モンドは「ウィキリークスは“窃盗”の罪で有罪、新聞は共犯」との非難に対して「無規則で無制限な暴露」という批判に対しては、責任をもって取捨選択していると説明。ウエスト・フランス紙の世論調査では国民の54%がウィキリークスに肯定的、特に若年層では73%に達したと報じた。シドニー・モーニング・ヘラルド紙などオーストラリアメディアは「ウィキリークスはメディアだ」と同サイトを擁護する内容の書簡をギラード首相に送っている。音楽誌ローリング・ストーンは「ロックスター・オブ・ザ・イヤー」にアサンジを選出した。同誌は「腐敗した権力)すべての秘密の破壊者であり天使だ。外交や帝国の安定に終わりをもたらすポップ・リーダーだ」と賞賛している。やが12月9日付けの1面トップでインドの暗部を暴露する記事を大々的に報じたが、後にガセネタとわかった。スウェーデン・テレビはアサンジを追ったドキュメンタリー「WikiRebels」をWeb上で公開しているWikiRebels ? The Documentaryプミホン国王がクーデターに肯定的との情報が暴露されたが、タイの法律では王室に関しての言論は厳しく制限されているためほとんど報じられていない。日本の主要紙では概ね公開された情報の内容よりも、公開の是正に対する批判が多く、「ペンタゴン・ペーパーズは戦争終結に一役買ったが、今回の事件は公益性が全くない」といった見方である。カリフォルニア州バークリー市議会は「彼は犯罪者でなくヒーローだ」「メダル授与に値する」として情報を盗み出したマニング上等兵の釈放を求める決議を準備している。7日、支持者らがロンドン裁判所前で保釈を求める抗議活動を行った。アサンジの保釈金のうちマイケル・ムーアが2万ドルを提供。他にもの創設者やケン・ローチらも支援を名乗り出ている。4chan利用者などインターネットの匿名サイト利用者が主体の「アノニマス」()と呼ばれるグループは8日、「我々はインターネットの自由戦士だ」「ウィキリークスに対抗する者は誰でもわれわれの攻撃対象になる」と宣言。ウィキリークスへの送金を停止したPayPalをはじめ、多くの企業や個人のウェブサイトが分散型Dos攻撃(DDoS攻撃)を受けサーバが停止するなどの被害を受けた。この一連の攻撃は「」と名づけられている。参加者は徐々に増え始め、若者やコンピュータエンジニアら約数千人が参加している。8日、ビザ、マスターカード、PayPalの公式サイトが一時アクセス不能な状態に陥った。他にも「血塗られた反米工作員」と非難したサラ・ペイリン元アラスカ州知事、アマゾンにウィキリークス排除を呼びかけたジョー・リーバーマン米上院議員の公式サイトも被害を受けた。一方アマゾンへの攻撃は失敗したと報じられた。Anonymousは「オーケー、標的を変えた。(Anonymousは)アマゾンを攻撃するほど大きな組織じゃない」とメッセージを残している。8日夜から9日未明にかけてスウェーデン検察庁のページもDDoS攻撃を受け数時間ダウンした。一方7日、Anonymousのサイトが逆にDDoS攻撃を受けた。9日、「コールドブラッド」を名乗る22歳のハッカーは「これはデータ戦争だ。俺たちはインターネットを誰にもでも開かれた自由なものにしようとしているのだ」と発言。10日、ビザとマスターカードのサイトを攻撃したとしてオランダの16歳の少年が逮捕された。
出典:wikipedia
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