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1985年の日本シリーズ

1985年の日本シリーズ(1985ねんのにっぽんシリーズ、1985ねんのにほんシリーズ)は、1985年10月26日から11月2日まで行われたセ・リーグ優勝チームの阪神タイガースと、パ・リーグ優勝チームの西武ライオンズによる第36回プロ野球日本選手権シリーズである。以来2年ぶり3度目(西鉄時代を除く)の出場となる広岡達朗監督率いる西武ライオンズと以来実に21年ぶり3度目の出場となった吉田義男監督率いる阪神タイガースの対決は、阪神が4勝2敗で球団創設以来初の日本一。打撃三冠王のランディ・バースを先頭に真弓明信、掛布雅之、岡田彰布らの猛打でペナントを勝ち取った阪神と、「管理野球」を標榜し、この年防御率1位の工藤公康を始め東尾修、松沼博久、高橋直樹、渡辺久信投手陣を要する西武との対決でもあった。この年から日本シリーズにも指名打者制を採用することになり、阪神は弘田澄男を6試合とも打順を2番で起用した。なお、このときは指名打者制を隔年で採用することとなっていたが、全試合不採用だった翌1986年を経て、以降はパ・リーグ主催試合のみ毎年採用する方式に変更された。このため、指名打者が全試合で採用された唯一の日本シリーズとなっている。10月26日 西武 有料入場者数 32463人西武の先発は松沼博久。シリーズ第1戦の先発は、に続き3度目。一方の阪神は2年目の池田親興。両軍無得点のままで迎えた8回表の阪神は、先頭の真弓が二塁打で出塁し、続く弘田がバントを警戒した西武内野陣の前進守備を突いて一、二塁間を破る安打を放ち無死一、三塁。ここで西武は先発の松沼博に代わり工藤を登板させるが、続くバースが左翼スタンドに入る本塁打を放ち3点を先制。一方の西武は、池田に試合後「今日に限って言えば(この年セ・リーグ最下位の)ヤクルトの方が恐かったですね」と言われてしまうほどで、池田に史上6人目となるシリーズ初登板初完封を許した。公式記録関係(日本野球機構ページ)10月27日 西武 有料入場者数32593人西武の先発は高橋直樹。一方の阪神はリチャード・ゲイル。ゲイルは1980年のワールドシリーズでも2度先発の経験を持つ。西武は3回裏に石毛宏典のソロ本塁打で先制するが、その後の一死満塁の好機で片平晋作が併殺打に倒れ追加点ならず。一方の阪神は、4回表、三塁手秋山幸二の失策を足がかりに、バースの2試合連続となる本塁打で逆転した。1点を追う西武は7回裏、一死一、三塁の好機に、辻発彦が一塁方向へスクイズを試みたものの、一塁手のバースが素早いダッシュとスローイングで三塁走者秋山を本塁で刺した。阪神はゲイルが7回を投げ、8回に福間納、9回は中西清起の継投で1点差を守り切った。公式記録関係(日本野球機構ページ)10月29日 甲子園 有料入場者数51355人舞台を甲子園に移して行われた第3戦の先発は阪神が中田良弘、西武は第1戦の雪辱を期す工藤。有料入場者数51,355人はシリーズ新記録。西武は2回表、一死二塁から岡村隆則の三塁打で先制、続く辻の中前打、石毛の2ラン本塁打でこの回4点。阪神は3回裏、バースの3ラン本塁打で1点差に追い上げるが、4回表に西武は岡村のソロ本塁打で突き放し、さらに8回にも辻の2塁打で3点差とした。阪神は9回裏、途中出場の嶋田宗彦が箕島高校の先輩である東尾から史上初の新人初打席ソロ本塁打を放つが、東尾は後続を抑え逃げ切った。の中西太以来となるシリーズ3試合連続本塁打を放ったバース(シリーズ初戦からの3試合連続本塁打は2010年終了時点でバースのみ)の活躍に、広岡監督もインタビューで「あの怪物はアメリカに帰ってもらいたいですね」と言うしかなかった。公式記録関係(日本野球機構ページ)10月30日 甲子園 入場者51554人(日本シリーズ史上最多入場者数)阪神の先発はこの年5勝の伊藤宏光、西武は松沼博。阪神はここまで無安打の佐野仙好に代わり、長崎啓二を6番左翼手に起用。有料入場者数は前日を上回る51,554人。伊藤に5回まで2安打に抑えられていた西武は6回表二死、スティーブの2点本塁打で先制。阪神は、6回裏に真弓のソロ本塁打で1点差とすると、8回裏には秋山の失策と真弓の二ゴロで三塁に進んだ吉竹春樹を弘田が中堅への犠飛で返し同点とする。しかし9回表、西武は広橋公寿を二塁に置いて、途中出場の西岡良洋が福間から2ラン本塁打を放ち勝ち越し。西武は永射保がバース、掛布を完璧に抑え、最後は東尾が締めて2勝2敗のタイに持ち込んだ。公式記録関係(日本野球機構ページ)10月31日 甲子園 入場者51430人先発は阪神が第1戦完封の池田、一方の西武はこの年わずか3勝の小野和幸。小野は立ち上がりから捕まり一死一、二塁からここまで不振だった掛布の3点本塁打で先制を許すと、なおも長崎に四球を与えた所で27球で降板。代わった石井毅から続く平田勝男が中前適時打を放ち4-0に。しかし池田も2回に大田卓司にソロ本塁打を浴び、さらに3回にはスティーブに適時打を打たれ4回途中で降板。しかし、一死満塁のピンチの場面で起用された福間が、第4戦で決勝2ランを打たれた西岡を遊ゴロ併殺打で切り抜け雪辱を果たす。阪神は5回に長崎の2点本塁打、さらに7回には吉竹の犠飛で7-2とした。5点リードの阪神は8回から中西を登板させる継投でゲームセット。ロングリリーフの2番手福間が勝ち投手。前日にはわずか3安打に抑えられた打線がこの試合10安打とついに爆発、不振の掛布と岡田が復調してきた阪神が初の日本一に王手をかけた。公式記録関係(日本野球機構ページ)11月2日 西武 入場者32371人西武の先発は高橋、阪神はゲイルと、第2戦と同じ顔合わせ。1回表、阪神は二死からバースが四球、掛布が左前安打、岡田が投手強襲内野安打で満塁とすると長崎が右翼席に満塁本塁打を放ち4点を先制。西武はその裏に石毛が本塁打を放ち1点を返すが、2回表に阪神は真弓のソロ本塁打で突き放す。5回に掛布の右犠飛、7回にはバースが永射から右前適時打を放ちリードを広げた阪神は、9回に掛布が渡辺久から2ラン本塁打を放ち点差を広げた。ゲイルは西武打線を7安打3失点に抑え、最後は伊東勤を投ゴロに仕留め完投。ここに阪神の初の日本一が決定した。公式記録関係(日本野球機構ページ)※なお、第7戦はTBSテレビで中継される予定だった。

出典:wikipedia

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