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第41回衆議院議員総選挙

第41回衆議院議員総選挙(だい41かいしゅうぎいんぎいんそうせんきょ)は、1996年(平成8年)10月20日に行われた日本の衆議院議員総選挙である。本選挙から前回までの衆議院選挙に用いられていた中選挙区制に代わり、小選挙区比例代表並立制が用いられた。また、本選挙では野党第1党が政権交代を目指し、第28回衆議院議員総選挙以来、38年ぶりに衆議院議員定数の半数を超える候補者を擁立した。当時はインターネットが一般に普及しはじめた時期に当たり、インターネットを選挙活動に利用することが公職選挙法で禁じている文書図画の頒布に当たるかどうかが問題となった。2年後の1998年7月12日に行われた第18回参議院議員通常選挙から投票締め切りが20時まで拡大されたため、18時投票締め切りでは最後の国政選挙となった。投票率は過去最低で初めて60%を切った。前回選挙(1993年)はそれまでで最も低い67.26%だったが、今回はそれをも大きく下回る結果となった。選挙前に4人いた諸派の議員は自由連合2人、新社会党2人であるが、両党とも立候補者全員が落選した。選挙直前に結党した民主党は新党ブームを起こすことなく、解散時勢力を維持するに留まった。また、社民党は改選前の30議席を大きく下回る15議席と惨敗。新党さきがけも9議席から2議席と大敗を喫した。自民党は239議席と復調したが、過半数には届かなかったので社民・さきがけとの連立政権は維持した。しかし、両党は閣外協力となり、組閣は自民単独に戻った。自民党は単独過半数回復のため、新進党議員の引き抜きを進めた。引き抜きや補欠選挙での勝利などにより、1997年9月5日には総選挙を経ることなく過半数を回復。第42回総選挙直前には、実に32議席増の271議席に膨れあがっていた。こうした議員の引き抜きは、前回の1993年第40回総選挙から横行しており、与党相互間で移籍する議員に対する批判も起こった。そのため、第42回総選挙以降は、政党の名前で当選した比例区議員に限り、同じ比例区に立候補した他党への移籍が禁止された(離党して無所属になることと、新党結成は可能)。新進党は4議席減の156議席と伸び悩んだ。新進党の将来を悲観した議員などが自民党の引き抜きに応じていった。そして、羽田孜らによる太陽党結党などで分裂へとつながってゆく。共産党は社民党から離れた左派票の受け皿となり、11議席増の26議席を獲得した。

※その後については、1999年日本の補欠選挙、2000年日本の補欠選挙参照。※初当選者のうち、参議院議員経験者には「※」の表示があります。新社会党・自由連合は全議員が落選し、議席を失った。(小選挙区と比例区の重複立候補が原則として許されなかったこともあり、多くの現職議員が落選した)第138特別国会

出典:wikipedia

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