エクス=アン=プロヴァンスまたはエクサンプロヴァンス()は、フランスのブーシュ=デュ=ローヌ県の古都。略称はエクス()。プロヴァンス伯爵領の首都として古くから繁栄し、現在は学術・芸術都市としてプロヴァンス地方の観光の拠点となっている。画家ポール・セザンヌの出身地として日本でも知られ、彼の出生、臨終の家、墓所とアトリエが現存する。サント=ヴィクトワール山(montagne Sainte-Victoire)の西、マルセイユの30kmほど北(北緯43度31分53秒、東経5度25分24秒)に位置する、アルク川とトルス川によって作られた盆地の中にある都市。ロトンド大噴水に発するミラボー大通り()の北側が旧市街(商業地)になっている。地中海性気候に属するが、盆地のため、冬は氷点下、夏は40度以上になることもある。平均気温は、冬季は摂氏5~6度、夏季は22度、年間では17度である。年間を通して晴天の日が多く、年間の平均晴天日数は300日を数える。紀元前123年にローマのコンスル、ガイウス・セクスティウス・カルウィヌス()によって、この地が「アクアエ・セクスティアエ」(:セクスティウスの水、の意)と名づけられたのが現在のエクスの起源である(現称エクスはアクアエが転訛したもの)。紀元前102年には、エクス一帯はガイウス・マリウス指揮下のローマ軍がチュートン人たちを撃破した戦い(アクアエ・セクスティアエの戦い)の舞台となった。4世紀にはガリア・ナルボネンシスの首都となったが、477年には西ゴート族によって占領された。その後も、フランク族、ロンバルド族らの侵攻を相次いで受け、731年にはサラセン人(イスラム帝国)に侵略された。12世紀になると、アンジュー家やアラゴン家の下で文化的な中心地となり、とりわけプロヴァンス伯でもあったルネ・ダンジューの時代の繁栄が知られる。1486年に、プロヴァンスの他の地域とともにフランス領となり、1501年にルイ12世がこの都市にプロヴァンスの高等法院(parlement)を設置した。1994年、エクスの芸術学校構内に日本以外の国では唯一の総檜の能舞台が日本より移築され、前述のエクス=アン=プロヴァンス国際音楽祭の一環として、この舞台で移築に尽力した喜多流狩野丹秀一門の演能が行われている。 エクス=アン=プロヴァンスでは、ルイ2世・ダンジューが1409年に大学設置の勅許状 (Royal charter)を発布しており、現在では多数の高等教育機関を擁する学園都市である。エクス=マルセイユ大学は、2012年に合併により発足したもので、フランス及びフランス語圏で最大の学生数を擁する。エクス=アン=プロヴァンスは以下の姉妹都市と提携している(提携順):
出典:wikipedia
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