連接台車(れんせつだいしゃ)とは、鉄道車両において車体間に設置して2つの車体を支える台車を言う。小型軽量の車体を列車に編成する方法だったが、1990年代以降、より小型の車両に、より合理的な方法が実用化され、連接台車を使用する条件が狭められ、世界的に採用が減っている。連節車を実現する一手法であり、2つの車体の間に設けられた鉄道車両の台車を指す。日本工業規格(JIS)では、「2個の車体の一端を1個の台車で支持し連結している車両」を「連接車」と規定している。このため話し言葉では区別できないが「連接車」と「連節車」の表記を区別している。連節車は運用中に分離可能な連結器を使わずに、半永久的、直接的に車体同士を関節構造で接続した列車のこと全般である。関節車と称している事例も存在する。したがって連接車は連節車の一部と言えるが、連接台車を採用している列車を連接車、連接台車を用いない列車を連節車と表記する場合が多い。まとめると「連接台車を用いる」列車は「連接車」「連節車」「関節車」のいずれも使えるが、「連接台車を用いない」列車は「連節車」か「関節車」を用いるべきとなる。近年はLRVを中心に台車を持たない「浮き車体」と「単一台車付き車体」を直接に連節したり、「単一台車付き車体」同士を直接に連節している。これらは車体間接続に全く台車を介在させない「連節車」である。車体が2つのとき「単一台車付き車体」同士を「連節」すれば台車数は2つで済む。3車体でも「単一台車付き車体」の間に「浮き車体」を「連節」すると台車数は2つのままで済む。これを超える編成は「単一台車付き車体」と「浮き車体」をユニットとして挿入して全体で奇数車体を「連節」すると、車体数 n に対して台車数は n-2 で済む。連接台車を使ってしまうと常に車体数 n に対して台車数は n+1 となる(車体間の連接台車数 n-1 に両端のボギー台車数 2 が必要)。いずれの場合も「連接台車」を使うより台車数が減り、優位性がある。したがって世界的に視ても1990年代以降は長さ13m未満の車体の編成には「単一台車付き車体」の間に「浮き車体」を「連節」する方法となっており、「連接台車」の採用は激減している。曲線通過時に外側へ車体のはみ出しが少ないため、過去に急曲線が多い路面電車、欧州の地下鉄車両などで採用が多かった。現在の技術水準では、路面電車を除く鉄道車両において、おおむね長さが13mから18mの中型で軽量な車体の連節に用いられる。欧州では、1936年に登場したイタリア国鉄ETR200型特急電車が本格的な高速電車として初の連接台車を採用し、試験走行で203km/時を記録した。この電車は、ばね上装荷の電動機を持つ、いわゆるカルダン駆動を採用した点でも画期的であった。その後、セッテベッロとして名高いETR300型に発展し、これはユニット間だけ変則的に連接台車を採用している。このほか、スペイン国鉄には1軸連接台車を採用したタルゴ (Talgo)と呼ばれる高速運転用の低床式客車が1950年から運転されている。その他、IC3、423形、タレントのように、優等、通勤、ローカル向けと用途を問わず連接構造を採用する例が多かった。フランス国鉄の高速鉄道車両TGVの客車間に採用されている。ただし世界的に見ても採用しているのはTGVなどを製造するアルストム社系の車両に限られ、特に高速性能に有利とは見なされていない。TGVの客車長は約18mと欧州で標準的な約26mよりはるかに短く、軽い付随車である。あまりにも輸送量が少ない一階建客車を拡張する必要に迫られたTGV-Duplexでは二階建客車も実現している。同じ容積を得るために車体長を伸ばすより車体高を増すほうが軽いのでアルミニウム合金製で連接構造を維持できた。それでも一階建ての新幹線車両のほうが同じ10両編成で6割も定員が多く、乗客一人当たりの編成質量は3割以上軽い。同じ二階建て車両同士または平屋建て車両同士を同じ編成長で比べると、新幹線の定員が2倍になり、編成質量がほとんど同じとなる。連接車は同じ輸送量あたりボギー車に対して2倍重い。アメリカ合衆国では1941年に登場したシカゴ北海岸線のエレクトロ・ライナーが連接台車とWN駆動による高性能電車だった。また、現代アメリカ鉄道の象徴といえるコンテナ輸送用貨車のダブルスタックトレインに連接構造が多用される。コンテナ長の国際規格は40フィート(約12.2m)と短いので二段積みし、輸送効率を上げる。コンテナ輸送は貨車の増解結によらずコンテナの積み込みだけで輸送量を変えるので連接台車は合理的である。ただし二階建客車は車体が長く重いので連接台車を用いていない。日本の鉄道では輸送効率の低さから、連接台車の採用は少ない。欧米は1435mmの標準軌で、道床が広いため大重量に耐えられ、貨物の軸重は25tに達する。日本は1067mmの狭軌であり、大陸性の地域に比べて地盤も弱く、最大軸重は17t程度に抑えられる。新幹線は標準軌であるが、保守に有利なように初期の0系、100系ではやはり16t前後であり、300系以降は騒音対策のため軸重12tと更に小さい。したがって欧米よりも更に小型の車両しか連接できず、効率の悪さが際立つ。日本では搭載量を含めた総重量34t以下の13m台の中間車にしか使えない。また近年、ダンパーが発達したため、ボギー車でも容易にヨーを抑えられ、連接車の利点は縮小した。過去の日本の鉄道輸送(特に貨物)では多層建て列車のように途中で編成を併結・分割させることや、輸送力に応じて適時車両を増結するため、増解結の融通が利かない事も問題であったが、昨今の列車では固定編成かユニット編成の増結で運用される例が多く、これが連接台車を採用しない決定的な理由ではない。永らく日本の鉄道コンテナは積み替え先の一般道の車両重量制限により国際規格の40ftもの長尺を必要とせず31ftが上限の独自規格となっており、かつ、建築限界のため二段積みもできないので、寸法、重量的に連接台車と相性が良くない。31ftコンテナ2つ又は12ftコンテナ5つを積む約20m長のコンテナ貨車が主流となり、ボギー台車が用いられた。道路交通法で厳格に重量制限していたころの40ftコンテナ24tを個別に積む貨車であれば連接台車を採用できたが、国際規格より大幅に軽いため海外と一貫輸送できない。次に規制緩和により陸上輸送の20ftコンテナの重量が何故かISO規格よりも重い24tまで認められたため、40ft1つか20ft2つを積めるJR貨物コキ200形貨車は荷重48tに対応するためボギー台車2つとなる。日本における最初の採用例は、1934年の京阪電気鉄道60型電車とされている。その後、西日本鉄道の500形、福井鉄道等で採用された。江ノ島電鉄の全車両や小田急電鉄の特急車の一部、東急世田谷線では現在でも連接台車が採用されている。小田急電鉄では、小田急ロマンスカーと称する特急形車両において1957年の3000形以降、連接台車を多く採用した。当時の小田急電鉄の山本利三郎がスペインのタルゴの連接構造へ関心を持ったことが一因だとされている。3000形電車「SE」は、観光専用特急として搭載能力よりも速度を優先しモノコック構造を採用する等、徹底的に車体を軽量化した結果、13m中間車に連接台車を採用できた。だが小田急でも後に通勤需要を含み大型化し、分割・併結を行う、30000形電車「EXE」特急形車両にはボギー台車を用いた。路面電車では札幌市電でのA800形・A810形・A820形・A830形、名古屋鉄道岐阜市内線のモ770形、名古屋市電3000形などでの採用例がある。江ノ島電鉄300形や福井鉄道160形や鹿児島市電での700形(元大阪市電3001形)の701AB・703ABのように元々単行車であった車両を連接車に改造した例も存在する(702AB・704ABの車体は新製)。いずれも1970年代までに新造、改造されたもので、世界的にも1990年代以降の路面電車は 「単一台車付き車体」の間に「浮き車体」を「連節」する方法に発展し、連接台車は使われていない。国鉄では振り子式車両の試験車として製作された591系試験電車と、ガスタービンエンジンを採用したキハ391系試験気動車が連接構造を採用していたが、前者は後に通常のボギー車に改造されている。JRでは、東日本旅客鉄道(JR東日本)が1992年に新幹線952形・953形電車、2002年に通勤形電車のE993系「ACトレイン」を試作した。「ACトレイン」は車輪に電動機を直結したDDM方式と併せて連接構造を採用した。2007年から2010年までの予定で「ACトレイン」の成果を受けたE331系量産先行車が京葉線で営業運転を兼ねて試験されたが、2014年に廃車された。結局、国鉄→JRは長年にわたり断続的に幾つかの試験をした結果、本格採用しなかった。
出典:wikipedia
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