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テスコガビー

テスコガビーは日本の競走馬。1975年の桜花賞・優駿牝馬(オークス)の牝馬クラシック二冠を達成した。1974年優駿賞最優秀3歳牝馬、1975年同最優秀4歳牝馬。1977年、休養からの復帰調整中に心臓麻痺で急死した。半弟に東京大賞典など大井競馬で重賞4勝を挙げたトドロキヒリュウ(父クロケット)がいる。静内の中小生産者・福岡牧場に生まれる。当時の牝馬としては非常に筋骨隆々とした大柄な馬であり、馬を買い付けにやってきた調教師は牝馬と知ると一様に驚いたが、しかしこの性別が敬遠され、すぐには売れなかった。その後、東京競馬場で厩舎を営んでいた仲住芳雄が馬の仲買人より話を聞き、福岡牧場を訪れる。仲住はその雄大な馬体を気に入り購入を決める。この当初、仲住は仔馬の性別を聞かされておらず、体躯の様子から牡馬であると思い込んでいたが、歩様を確かめるために歩かせてみた際、股間にペニスがないことに気付き、初めて牝馬であることを知ったというエピソードがある。その後仲住の希望により、青森県の明神牧場で育成調教が行われたが、当時、競馬場の厩舎に入る以前に本格的な調教を行うのは期待馬に限られていた。年が明けて競走年齢の3歳になり、3月に「テスコガビー」と名付けられて仲住の元に入厩。馬名の由来は父テスコボーイからの「テスコ」に加え、馬主の隣家に住んでいたガブリエルというスイス人の少女の愛称「ガビー」から取られた。デビューは当初、8月の新潟開催が予定されていたが、調教中にゲートに腰を打ち付け、9月の東京開催にずれ込んだ。鞍上にはデビュー10年目の中堅騎手・菅原泰夫が配された。この初戦をテスコガビーは7馬身差をつけて優勝する。以後、圧倒的なスピードを武器に3連勝。3戦目の京成杯3歳ステークスは6馬身差、レコードタイムでの優勝だった。この成績により、この年の最優秀3歳牝馬に選ばれる。翌年、4歳初戦の京成杯では出走中唯一の牝馬であったが、朝日杯3歳ステークスの2着馬イシノマサルらを下し優勝。続いては桜花賞へのステップとして阪神4歳牝馬特別に出走を予定していたが、レース間隔が2ヶ月半と開いていたため、その前に再び牡馬相手の東京4歳ステークスに出走した。ここで、ここまで4戦3勝のカブラヤオーと対戦する。カブラヤオーも菅原が主戦騎手を務めていたが、カブラヤオーは菅原の所属する茂木為二郎厩舎の馬だったことから、「自厩舎でない馬は一度降りたら再び乗れる保証はない」という茂木の配慮により菅原はテスコガビーに騎乗、カブラヤオーには菅原の弟弟子・菅野澄男が騎乗した。テスコガビーは先頭に立たずに常にカブラヤオーの後方をガードするように位置を取り、直線で並びかけると、この2頭と追い込んできたテキサスシチーとの激しい競り合いとなった。最後はカブラヤオーがクビ差抜け出し優勝。テスコガビーは2着となり、初の敗戦を喫した。(レースの詳細については第9回東京4歳ステークスを参照のこと)改めて出走した阪神4歳牝馬特別では、単勝支持率88パーセントという圧倒的な人気に応え、レコードタイムで逃げ切り優勝。迎えた桜花賞でも単勝オッズ1.1倍という人気に推された。当日はパドックから激しく焦れ込んでいたが、レースではスタートで早々と先頭に立つと、2着ジョーケンプトンに1.9秒差を付けてクラシック初戦を制した。着差は桜花賞史上最大であり、関西テレビの中継でアナウンスを担当した杉本清は直線半ばであまりにも大差がついてしまったために「後ろからはなんにも来ない、後ろからはなんにも来ない、後ろからはなんにも来ない」と同じ言葉を3回繰り返して実況した。このフレーズは、当時の圧勝劇をよく伝える名調子として知られている。優勝タイム1分34秒9はレースレコードであり、1988年にアラホウトクに破られるまで13年間保持された。しかし次走の4歳牝馬特別(オークストライアル)では、桜花賞で限界まで調整された反動が出て直線で伸びを欠き、初めて連対を外す3着。オークスではやはり1番人気に支持されたが、オッズは2.3倍と桜花賞からは大きく落としていた。しかし本番ではレースをスローペースに持ち込み、2着ソシアルトウショウに8馬身差をつけて優勝、牝馬二冠を達成した。この8馬身差は日本中央競馬会施行の優駿牝馬(オークス)史上最大着差で、それ以前を含めても戦時中のクリフジ(10馬身)、終戦直後のトキツカゼ(大差)に次ぐ記録だった。またこの年、鞍上の菅原はカブラヤオーでも皐月賞、東京優駿(日本ダービー)を制し、春のクラシック4競走完全制覇を成し遂げた。直後に外傷で次走の目標を切り替えると、ビクトリアカップに向けての調整中に右後脚を捻挫し、1年の休養を余儀なくされる。復帰は5歳5月の平場オープン競走だったが、6着に敗れる。休養明けの調整途上であり次走に期待が持たれたが、右後脚に再度不安を生じ、北海道浦河町の日綜牧場で再び休養に入る。この時点で一旦は引退が検討され、渡米して同地の一流種牡馬と種付けを行うという構想も持ち上がった。しかし、馬主の要望により現役続行が決定。12月に入り、かつて育成調教を行った明神牧場に移動し、調教が開始された。以降は順調に調教が積まれていたが、年が明けた1977年1月19日、調教でコースを速歩で1周半した後、駈歩に移行した際に突然前のめりに転倒。前脚の故障かと獣医師が呼ばれたが、診断の結果、脚の故障ではなく心臓麻痺を発症しており、すでに死亡していた。遺骨は馬主に引き取られず、同場の関係者が牧場の片隅に作った墓に埋葬し、簡素な墓標が立てられた。その後、遺骨は静内へ戻され2011年、桜舞馬公園に改葬された。当時としては図抜けた好馬体と、その圧倒的なレース振りから、日本競馬史上の最強牝馬にも名を挙げられる。スポーツライターの阿部珠樹は桜花賞の優勝タイムが2000年の桜花賞優勝タイムと同じであることに触れ、「26年の歳月を考えれば驚異的な数字である。今テスコガビーがそのままの姿で現れても、十分勝負になるだろう」と論じ、オークスについても「勝ちタイムは平凡」としながらも、「スタートから逃げて影も踏ませず、2着に8馬身差を付けた内容は、やはり時代の制約を超えた強さと言えるだろう」と評している。血統評論家の吉沢譲治は「それまでのスピードの常識や血統の価値観を全て覆した馬。スタミナ優先だった日本の競馬を、スピード優先へと変える大きなターニングポイントとなった女傑」と評し、「競馬界に与えた衝撃は今日(1999年)のサンデーサイレンスに匹敵する規模であった。それが今もって史上最強の牝馬に名を挙げる人が多い理由ではないだろうか」としている。「逃げ馬」という評価が定着しているが、菅原は「スピードの違いで自然と逃げる形になっただけ。気性にも問題がなかったし、スタミナを心配するような体つき、走りぶりでもなかった」と回想している。また、競馬評論家の大川慶次郎は「逃げ馬としてはスタートダッシュが利く馬ではなかった」と指摘し、それでも逃げる形になったことを「『テスコガビーに競り掛けたら、こっちが先に潰れてしまう』という威圧感があったため」と分析、「悪い言葉で言えば、『バケモノ』のような馬だった」としている。競馬界では「スタートが良く、道中も素直で、最後もきっちり伸びる」馬を、「テンよし、中よし、終いよし」と呼び習わすことがあるが、これは元々菅原がテスコガビーのセールスポイントを尋ねられた際に答えたものである。気性は非常に従順かつ堂々としており、一般に繊細で神経質とされる牝馬でありながら、どこでも寝転がってしまうような図太さを備え、「肝の据わった牝馬だ」と関係者を感心させていた。また、菅原はカブラヤオーが勝った皐月賞、ダービーがいずれも桜花賞、オークスの翌週であったことに触れ、「(もし順序が逆だったら)カブラヤオーに自信を持って乗ることはできなかったんじゃないか。(気性の大人しい)テスコガビーは良い予行演習になった」と語っている。全ての毛色の中で最も黒い青毛の被毛に、牝馬離れした筋骨隆々の馬体は、大川慶次郎のように「バケモノ」「アマゾネス」などと評した者がいた一方、「グラマーな美女」と擬人化し、好意的に受け止める者もいた。雑誌編集者であった青木幸三は、著書の中で「濡れたような真っ黒に輝いた青毛の肢体からは、形容しがたいほどの色気を感じさせた。絵になる雄大なスケールも素晴らしい」と語り、また、血統研究家の白井透は「その馬格は、グラマーで女性的であった」と評している。こういった見方は早い段階から定着しており、桜花賞の本馬場入場時、すでに杉本清が「テンよし中よし終いよし、付けて加えて超グラマー。テスコガビーです」と紹介している。また白井はその馬格について、同じテスコボーイ産駒のトウショウボーイ、キタノカチドキと比較して「最もテスコボーイに似た馬」と評し、「テスコボーイの良さを100%受け継いできたような柔軟な動き。だからこそあれだけのスケールの大きな走りができたのだろう」と述べている。早世のため1頭の産駒も残していないが、繁殖牝馬としても必ず成功を収めたであろうとする意見が数々見られる。大川慶次郎は「配合さえ間違わなければ良い子を出したと思う」と語り、白井透は競走・繁殖の双方で成功を収めたクリフジを例に取り、「テスコガビーも同じ道を歩むべきだった。サラブレッドの中にその血の一滴でも残しておきたかった」と述べている。半妹シャンティロードの仔にダイヤモンドステークス勝ちのトレードマーク、全妹テスコエンゼルの孫に道営所属で函館3歳ステークスを制したエンゼルカロがいる。

出典:wikipedia

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