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サム・グレコ

サム・グレコ(Sam Greco、1967年5月3日 - )は、オーストラリアの男性空手家、キックボクサー、総合格闘家、プロレスラー。ビクトリア州メルボルン出身。チーム・グレコ所属。ニックネームは「拳獣」。また全盛期ともいえた1999年のGPでは 「人間ICBM・筋肉弾道弾」とも呼ばれた。極真会館出身。正道会館移籍後、1994年にK-1にて佐竹雅昭との試合でデビューを果たす。強烈な打撃が持ち味で「拳獣」の異名を取った。その怒涛のラッシュでK-1歴代王者のブランコ・シカティックやアーネスト・ホーストにKO勝ちを収めている。1995年、ピーター・アーツとの対戦では持ち前の空手家魂を見せた。右のオーバーハンドフックなど一撃で相手を仕留める強力な打撃もあったが、空手仕込みのキックを交えたコンビネーションで攻めることも多かった。同じ空手出身のアンディ・フグとの対戦では空手さながらの試合になった。アーネスト・ホースト、ピーター・アーツ、アンディ・フグ、マイク・ベルナルド、いわゆるK-1四天王に匹敵する実力の持ち主とされていたが、怪我に悩まされたこともあり目立った結果を残すことができず、K-1 GRAND PRIX '97ではフランシスコ・フィリォの一撃伝説の餌食となった。K-1 GRAND PRIX '99では優勝候補に挙げられたが、準決勝でミルコ・クロコップに敗れベスト4に終わった。その他にジェロム・レ・バンナ、ピーター・アーツらに一撃で仕留められる印象的な試合も有った。2000年4月23日に行われたK-1 THE MILLENNIUMでアーネスト・ホーストと対戦。TKO負けを喫し、膝の故障もあって、これ以来暫くの間K-1のリングから姿を消すこととなった。K-1 WORLD GP 2003 開幕戦では、持病の発症により止むを得ず欠場したアーネスト・ホーストに代わって2日前オファーで急遽出場。ピーター・グラハムと対戦するも、2Rに足を痛め、セコンドがタオル投入。膝の負傷が完治しておらずTKO負けとなった。K-1の戦列から離れてからはWCWパワープラントに入門。プロレスラー転向を目指してここでボブ・サップと知り合い、彼にK-1を紹介している。2000年よりNWA加盟団体であるNWAワイルドサイドに参戦。2001年1月にはダン・デバインとタッグを組んでNWAワイルドサイドタッグ王座を2度挑戦するも獲得するに至らなかった。2002年11月、WRESTLE-1にてサム・グレカラスのリングネームで出場。ロメロ・スペシャルなどを見せて勝利した。2003年12月、全日本プロレス両国国技館大会にてRO&Dと抗争中であった武藤敬司のスペシャルパートナーとしてアブドーラ・ザ・ブッチャーと共に登場して勝利に貢献している。2005年10月、WRESTLE-1 GRAND PRIX 2005にてヤン・ノルキヤとのK-1軍タッグでジャイアント・バーナード & ザ・プレデターと対戦するが敗戦。2001年、INOKI BOM-BA-YE 2001で佐竹雅昭と対戦。初の総合ルールながらも善戦し、時間切れ引き分け。2004年には総合格闘家として再デビューを果たす。総合において非凡な才能を見せ、5月22日に行われたK-1 ROMANEXでは、総合無敗のLYOTOと互角以上に渡り合ったが、1-2の判定負け。2009年にLYOTOは「今まで戦ってきた中で一番強かったのはサム・グレコ」と述懐した。96戦/92勝/4敗(50の一本勝ち)

出典:wikipedia

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