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チャボ・ゲレロ・シニア

チャボ・ゲレロ・シニア(Chavo Guerrero, Sr.、本名:Salvador Guerrero Llanes、1949年1月7日 - )は、アメリカ合衆国の元プロレスラー。テキサス州エル・パソ出身のメキシコ系アメリカ人。父親のゴリー・ゲレロ、弟のマンド・ゲレロ、ヘクター・ゲレロ、エディ・ゲレロ、息子のチャボ・ゲレロ・ジュニア、姪のシャウル・ゲレロもプロレスラー。メキシコおよびアメリカで活躍した名門ゲレロ・ファミリーの一員で、ゲレロ4兄弟の長兄にあたる。高校の体育教師を経て、1970年に地元のエル・パソをサーキット・エリアとするテキサス西部のアマリロ地区にてデビュー。当初はゴリー・ゲレロ・ジュニア("Gori Guerrero Jr.")をリングネームとしていたが、ほどなくしてチャボ・ゲレロ("Chavo Guerrero")と改名。前座試合に出場してキャリアを積み、1974年には若手時代のスタン・ハンセンともタッグを組んだ。日本へは1975年7月、アマリロ地区とのブッキング・ルートで全日本プロレスに初来日。1978年6月からは新日本プロレスの常連外国人選手となり、ジュニアヘビー級戦線において藤波辰巳と抗争を繰り広げた(1980年4月の来日では『第3回MSGシリーズ』の決勝リーグに進出し、アンドレ・ザ・ジャイアント、スタン・ハンセン、ダスティ・ローデスなどスーパーヘビー級の選手とも対戦している)。アメリカでは1970年代中盤より、メキシカン人口の多いカリフォルニア州のNWAロサンゼルス地区(NWAハリウッド・レスリング)や、テキサス州サンアントニオのSCW(サウスウエスト・チャンピオンシップ・レスリング / 後のテキサス・オールスター・レスリング)を主戦場にベビーフェイスのポジションで活動。エースとして活躍していたロサンゼルスでは1975年から1980年にかけて、アーニー・ラッド、ロディ・パイパー、ザ・ハングマン、ドクター・ヒロ・オオタ、ドリー・ファンク・ジュニア、テキサス・レッド、パット・パターソンらを破り、フラッグシップ・タイトルのNWAアメリカス・ヘビー級王座を通算16回獲得している。1980年1月25日には、ロサンゼルス地区のトップ・コンテンダーとしてハーリー・レイスのNWA世界ヘビー級王座に挑戦した。1980年10月3日、新日本プロレスのリングで木村健吾からNWAインターナショナル・ジュニアヘビー級王座を奪取。その後アメリカで防衛戦を行い、1981年2月27日にテキサス州ヒューストンでジノ・ヘルナンデスに王座を奪われるも5月22日に奪回している。同年8月より王者として全日本プロレスに移籍したが、1982年3月7日、ノースカロライナ州シャーロットにて大仁田厚に敗れて陥落。1983年、大仁田の負傷によるタイトル返上後、5月26日のトーナメント決勝でウルトラセブンを下して王座に返り咲き、翌1984年2月26日にマイティ井上に敗れるまで戴冠した。以降はアメリカ南部を転戦、1984年7月14日にフロリダにて弟のヘクター・ゲレロと組み、バリー・ウインダム&マイク・ロトンドからUSタッグ王座を奪取した。1985年9月29日にはサンアントニオのテキサス・オールスター・レスリングにて、テッド・デビアスを破りUSAヘビー級王座の第2代王者となっている。1988年からはヘクターやマンド・ゲレロと共に末期のAWAに登場、パット・タナカ&ポール・ダイヤモンドのバッド・カンパニーが保持していたAWA世界タッグ王座に度々挑戦した。以後、WWFの全米侵攻の余波でアメリカ・マット界のテリトリー制が崩壊したこともあり、活動の拠点をアメリカからメキシコに移し、1992年秋にはルードのポジションでAAAに参戦。1990年代はSWSやWAR、無我などに来日した。1990年代後半より現役を一時引退していたが、2004年になってチャボ・クラシック("Chavo Classic")を名乗りWWEのスマックダウンに登場。これはそれまでタッグを結成していたエディ・ゲレロとチャボ・ゲレロ・ジュニアの「ロス・ゲレロス」解散後の抗争ストーリーに絡んでの登場で、息子側についてエディと抗争した。試合にも時折出場し、2004年5月20日にはチャボ・ジュニア&スパイク・ダッドリーとの3Wayマッチを制してWWEクルーザー級王座を奪取している。WWEには同年6月まで出場した。2007年4月には無我ワールド・プロレスリングが主催した『チャボ・ゲレロ日本引退シリーズ』に来日、藤波辰爾との久々の対戦が実現した。2016年8月26日、ディファ有明で行われたファイヤープロレスの旗揚げ戦に来日、かつてのライバル大仁田厚とタッグを組んで「ノーロープ有刺鉄線&バリケードボードストリートファイトデスマッチ」に出場した。

出典:wikipedia

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