コンデンシン(こんでんしん:condensin)は、分裂期の染色体凝縮(chromosome condensation;図1)と分離に中心的な役割を果たすタンパク質複合体である。細胞分裂期の染色体を構成する主要なタンパク質として、アフリカツメガエル ("Xenopus leavis") の卵抽出液(カエル卵抽出液)から初めて同定された。多くの真核生物では、現在コンデンシン I とコンデンシン II と呼ばれる2つの複合体の存在が知られており、それぞれ5つのサブユニットから構成される(図2)。そのコアとなるサブユニット(SMC2とSMC4)は、SMCタンパク質と総称されるATPアーゼのファミリーに属する。コンデンシン I とコンデンシン II は、この2つの SMC サブユニットを共有する一方、それぞれに固有なセットの制御サブユニット(ひとつのkleisinサブユニット と2つのHEATリピートサブユニット)を持つ。これらの制御サブユニットは、併せてnon-SMC サブユニットと呼ばれることもある。また線虫 ("Caenorhabditis elegans") はコンデンシン I に類似した第3の複合体(5つのサブユニットのうちSMC-4がDPY-27と置き換わっている)を有し、これは遺伝子量補償の主要な制御因子として働いている。いずれのコンデンシンも、総分子量650-700 kDa程度の巨大なタンパク質複合体である。真核生物では、コンデンシン I に固有のサブユニットが酵母からヒトまで広く保存されているのに対し、コンデンシン II に固有のサブユニットは菌類(出芽酵母や分裂酵母)には存在しない。しかし、単細胞性の原始紅藻 ("Cyanidioschyzon merolae") では、そのゲノムは酵母とほぼ同一のコンパクトサイズであるにもかかわらず、コンデンシン I と II を共にもっている。すなわち、ゲノムの大きさとコンデンシン II の保持との間に強い相関関係はない。一方面白いことに、ホロセントリックと呼ばれる特殊な染色体構造をもつ線虫では、中期染色体におけるコンデンシン I とコンデンシン II の局在パターンが大きく異なっており、両者の機能分担を探るためのよいモデル系となっている。ショウジョウバエ ("Drosophila melanogaster") では、コンデンシン II の制御サブユニットのひとつ (CAP-G2) が見つかっていない。コンデンシンに類似したタンパク質複合体は原核生物にも存在し、やはり染色体(核様体)の構築と分離に関与している。それらは大きくSMC-ScpABとMukBEFという2つの複合体に分類することができる。原核生物型コンデンシンは、真核生物型に比べて、より単純なつくりをしている。例えば、真核生物型のSMCサブユニットがヘテロ2量体であるのに対し、原核生物型のSMCサブユニット(あるいはMukBサブユニット)はホモ2量体である。制御サブユニットのうち、ScpAとMukFはkleisinファミリーに分類されるため、SMC-kleisin3量体の基本構造は真核細胞と原核細胞の間で保存されているといってよい。一方、ScpBとMukEはkiteファミリーに分類され、真核細胞型のHEATリピートサブユニットとは大きく異なる。多くの真正細菌と古細菌がSMC-ScpABを有するのに対し、MukBEFはガンマ・プロテオバクテリア(γ-proteobacteria)と呼ばれる一部の真正細菌(大腸菌を含む)のみに見られる。SMC-ScpAB とMukBEFのサブユニットを比較したとき、一次構造レベルで類似性を見いだすことは困難であるが、電子顕微鏡像や変異体が示す欠損表現型から判断すると、2つの複合体は機能的なホモログであると推測することができる。最近になってMukBEFに似た第3の複合体の存在も示唆されている。コンデンシン複合体のコアとして働くSMC2量体は、極めて特徴的なV字構造を形成する(SMCタンパク質の項を参照)。その形状は、原核生物型・真核生物型ともに電子顕微鏡によって捉えられている。SMC2量体の腕部の長さは ~50 nmにも達し(これは2重鎖DNA~150 bpに相当する)、コンデンシンがいかに巨大なタンパク質複合体であるかを示している。真核細胞型では、kleisinサブユニットがSMCサブユニットのヘッドドメインに結合し、SMC2量体とHEATサブユニットの相互作用を橋渡ししている(図2)。タンパク質X線構造解析は、大腸菌型MukBEF や枯草菌型SMC−ScpAB が先行しているが、複合体全体の構造決定には至っておらず、その動態についての知見も限られている。真核生物型では、SMC2量体(SMC2-SMC4)の一部(ヒンジとロッドドメイン)の構造が報告されている。一方、最近の高速AFM (atomic force microscopy) 観察によると、SMC2量体の腕部はこれまで予想されていた以上にフレキシブルな構造をとっているらしい。アフリカツメガエル卵から精製されたコンデンシン I は、ATP加水分解活性をもち、その活性は DNA への結合によって促進される。さらに重要なことに、ATP加水分解に依存して 2重鎖DNA に正のねじれを導入することができる(この活性は、正のDNA超らせん化活性、あるいはポジティブ・スーパーコイリング [positive supercoiling] 活性と呼ばれることも多いが、コンデンシンはDNAを切断・再結合することはできないので、いわゆるトポイソメラーゼ活性とは異なることに注意したい)。また、この活性は、Cdk1キナーゼを介したリン酸化によって分裂期特異的に促進されることから、分裂期の染色体凝縮に直接関与する本質的な反応のひとつであると考えられている。さらに、単分子DNA操作技術を用いると、コンデンシンがATPの加水分解に依存してDNAを凝縮させることをリアルタイムで観察することも可能である。コンデンシンがヌクレオソーム繊維に対してどのように作用するのかという問題についての解析は進んでおらず、いまだ仮説の域を出ていない。しかし最近になって、精製タンパク質を用いた染色分体の再構成系が報告されているので、この問題を解明するための糸口を提供してくれるかもしれない。コンデンシンの分子活性における個々のサブユニットの貢献についての情報は乏しい。SMC2量体(SMC2-SMC4)は、相補的な二本の1重鎖DNAを一本の2重鎖DNAに変換する活性(DNAリアニーリング [DNA reannealing])を有する。ただし、この反応はATPを要求しない。一方、真核細胞型に固有のHEATリピートサブユニットについては、DNA 結合活性を有するという報告およびダイナミックな染色体軸の構築制御に関与しているという報告がある。HEATリピートそのものが弾力性に富む構造を有していることは、真核細胞の染色体構造を考える上で大変興味深い。体細胞分裂の細胞周期において、コンデンシン I とコンデンシン II は異なる時空間制御を受けている。例えばヒト培養細胞では、コンデンシン II が細胞周期を通じて核内あるいは染色体上に局在するのに対し、コンデンシン I は間期では細胞質に存在する。このことから予想されるように、前期核内での染色体凝縮は主にコンデンシン II によって担われている(図3)。前中期にはいって核膜が崩壊すると、コンデンシン I は初めて染色体と接触することができるようになる。前中期以後の染色体凝縮には、2つのコンデンシンが必須である。こうした2つのコンデンシンの細胞内局在制御は、カエル卵抽出液を用いた再構成系やマウスの卵母細胞や神経幹細胞においても同様に観察されることから、生物種や細胞種を超えた普遍的な制御機構のひとつであるらしい。その生理学的意義については今後の解析を待たなくてはならないが、2つのコンデンシンの作用順序(まずコンデンシン II が働き始め、次にコンデンシン I が働く)を規定している可能性が指摘されている。ヒトの中期染色体では、コンデンシン I とコンデンシン II は共に染色分体の中心軸上に局在し、その分布は重複せず軸上に交互に現れるように見える(図4)。生細胞内における発現抑制実験やカエル卵抽出液中での免疫除去実験によると、2つのコンデンシンは独自の機能をもちながらも協調して中期染色体の構築に貢献していることが示されている。また、コンデンシンの機能に欠損が生じても細胞周期は特異的なステージで停止するわけではない。染色体構築に異常をもったまま後期に進入した細胞は、後期ブリッジ(anaphase bridge)と呼ばれる分離異常を顕在化しつつ、そのまま細胞質分離へと突入することが多い。大変興味深いことに、体細胞分裂における2つのコンデンシンの必須性は種によって異なる。マウス("Mus musculus")ではコンデンシン I と II のそれぞれが体細胞分裂に必須の役割を果たしている。両者は重複する機能を持つと共に、それぞれ独自の機能も有する。一方、原始紅藻やシロイヌナズナ("Arabidopsis thaliana")はコンデンシン I と II の両方を有するにもかかわらず、コンデンシン II は必ずしも体細胞分裂に必須ではない。面白いことに、線虫の初期胚では両者の関係が逆転している。すなわち、コンデンシン II が主要な役割を果たしており、コンデンシン I はマイナーな貢献をするのみである。これはホロセントリック染色体という特殊な構造をとっているためかもしれない。また、出芽酵母や分裂酵母をはじめとする菌類はもともとコンデンシン II をもたない。こうした種間の違いは、染色体構築やゲノムサイズの進化を考える上で大きな示唆を与えてくれるものである(「進化的考察」の項参照)。コンデンシンは、減数分裂期の染色体構築とその動態制御においても重要な役割を担っている。これまでに出芽酵母、ショウジョウバエ、線虫において遺伝学的手法を用いた解析が報告されている。マウスでは、抗体による機能阻害実験および条件的遺伝子ノックアウト解析が報告されている。哺乳類の減数第一分裂では、コンデンシン II の貢献がコンデンシン I のそれに比べてより大きいようにみえる。しかし体細胞分裂で示されているように、減数分裂においても2つの複合体の機能は一部重複している。なお、コヒーシンとは異なり、コンデンシンには減数分裂期に特異的に働くサブユニットは見つかっていない。最近の研究によれば、コンデンシンは細胞分裂期以外の時期においても多彩な染色体機能に関わることが明らかになっている。コンデンシンのサブユニットは細胞周期依存的に様々な翻訳後修飾を受ける。なかでもリン酸化が一番よく研究されている 。 Cdk1 (Cyclin-dependent kinase 1)のようにコンデンシンの活性化に関わるキナーゼに加えて、CK2 (Casein kinase 2)のように負の制御に関わるキナーゼがある。一方、ショウジョウバエでは、SCFユビキチンリガーゼの働きを通してコンデンシン II のCAP-H2サブユニットが分解されることが報告されている。ヒト小頭症の原因タンパク質のひとつMCPH1はコンデンシン II の抑制因子として働くことが報告されている。このタンパク質に欠損をもつ患者から採取した細胞では、コンデンシン II の過剰な活性化が引き起こされ、非分裂期においても凝縮した染色体が観察される。ただし、コンデンシン II の活性化と小頭症の発症の関係はわかっていない。また興味深いことに、マウスでは、コンデンシン II サブユニットのhypomorphic変異(遺伝子機能の一部を低下させるマイルドな変異)がT細胞の分化に特異的な影響を及ぼすことが示されている。原核生物にも単純なつくりをしたコンデンシン複合体が存在することから、コンデンシンの進化的起源はヒストンのそれよりも古いことになる。また、コンデンシン I とコンデンシン II の両者が現存する真核生物に広く保存されていることは、真核生物の最後の共通祖先(last eukaryotic common ancestor: LECA)が既に2つのコンデンシン複合体を有していたことを示唆する。一部の生物種(酵母等)では進化の過程でコンデンシン II が失われたと考えるのが妥当である。では、なぜ多くの真核細胞には2つのコンデンシン複合体が存在するのであろうか?上記のように、体細胞分裂に対する2つのコンデンシンの貢献の重みは種によって異なる。哺乳類では両者が同程度の重みをもっているものの、多くの生物種ではコンデンシン I がより重要な役割を果たしている。そうした種では、コンデンシン II は(体細胞分裂への関与が軽減され)他の様々な染色体機能に関わることが可能になったのではないかと考えられる。コンデンシン II の保持とゲノムサイズに見かけ上の相関はないが、ゲノムの巨大化に伴ってコンデンシン II の重要性が増しているようにも見える。一方、初期胚と体細胞の間でも両者の重みは変化しており、分裂期染色体の形状の違いにも影響を与えている。このように、2つのコンデンシンの発現と機能のバランスは、真核生物の進化や発生の過程において大きく変化するとともに精妙に制御されているらしい。LECAが2つのコンデンシンを有していたことが、その後の染色体構造と機能の進化に大きな可能性と可塑性を生み出したのではないかと推測することができる。
出典:wikipedia
LINEスタンプ制作に興味がある場合は、
下記よりスタンプファクトリーのホームページをご覧ください。