98NOTE(きゅうはちノート)とは、かつて日本電気が発売していたPC-9800シリーズのノートパソコン。ラップトップ機であるLシリーズの後継機にあたる。初代機はPC-9801Nで1989年11月に発売された。日本で「ノートパソコン」という名詞を定着させた機種とも言われる。東芝のJ-3100SS(シリーズ名はダイナブック、IBM PCを東芝独自に日本語化したJ-3100シリーズ互換)、エプソンの286NOTE Exective(EPSON PCシリーズ互換、初代機はフロッピーディスクドライブ (FDD) なし、発表はJ-3100SSより先だったが、出荷は後となった)に続いて発売された。初代はV30の10MHz駆動で、液晶はモノクロ8階調だった。初期の機種からFDDを1台のみ内蔵していたが、当時のソフトは2台必要とするものも多かったため、フロッピーディスク (FD) の代わりに使用できる「RAMドライブ」を本体のメニューから設定できた。また、NEC独自の増設RAMカードスロットを搭載し、EMSメモリ(386SX以上のCPU搭載機ではプロテクトメモリ)として使用できるRAMカードを内蔵できた。1990年に登場した80386SX搭載の98NOTE SX (PC-9801NS) 以降は、ハードディスクドライブ (HDD) を内蔵するモデルも登場するようになった。これはPC-9800シリーズで初めて2.5インチのIDE規格のHDDを採用した例である。ただし、BIOS上ではSASIと区別されておらず、当時の機種ではフォーマット時に認識する容量に制限が掛けられていた。また、この機種からディップスイッチがソフトウエア化され、システムセットアップメニュー(98NOTEメニュー)に統合された。なお「98NOTE SX」の表記は、その後もいくつかの386系CPU搭載機(NC、NS/Lを除く)で使われた。同年のPC-9801NV (V30HL/16MHz搭載)ではHDDは内蔵できなかったものの、レジューム機能に対応したため、サードパーティ製のRAMカードをHDD互換の不揮発RAMドライブとして活用できるようになり、セカンドバッテリーパックにも対応した。さらに1991年のPC-9801NS/Eからはオプションで外部ディスプレイ出力が可能になり、HDDが専用パック方式になるなど、PC-9801型番の時代の98NOTEに共通の設計が定まってきている。この年には世界初のTFTカラー液晶を搭載したノートパソコンである、PC-9801NCも発売された。また、1992年からは98NOTE LIGHTと称したFDDを外付けにして小型軽量化したシリーズも展開された。その初代であるPC-9801NLはA4薄型サイズであり、従来の独自RAMカードスロットとは別に、PC-98HA (HANDY98) と同様のJEIDA4.0 (PCMCIA1.0) 規格のICカードスロットも搭載された。しかし、当時のカードスロットはまだソフトウエア仕様が定まっていないほか、I/O機能を持たずメモリ系のデバイスしか使えないといった欠点もあり、98NOTEでは採用が進まなかった。同年発売のPC-9801NS/T以降では独自のRAMカードスロットにI/O機能が追加され、サードパーティからはこれを利用したLANカードやモデムカードも発売された。増設用のRAMには別の専用スロットも設けられた。数か月後にはNS/T相当で小型軽量化したNS/Lも登場した。この年に登場した上位機PC-9801NAおよびNA/Cからは、CPUにi486/20MHzが採用されている。これは発売当時のPC-9801型番(すなわちH98は除く)機種としては、デスクトップのPC-9801FA (486SX/16MHz) を超えており、一時はシリーズ最速機種となった。また、内蔵IDEのフォーマット制限も無くなり、約500MBまでHDDを扱えるようになった。1993年のPC-9801NS/Rからは3モードFDDを搭載し、1.44MBのFDにも対応した。デスクトップ機でPC-9821シリーズが発売されると、1993年のPC-9821Neを筆頭にアーキテクチャのPC-9821化が進んだが、シリーズ名は引き続き98NOTEを名乗った。このPC-9821Neや同時期のPC-9801NX/Cからは独自のRAMカードスロットは廃止され(機種毎の専用スロットは存続)、あらためてJEIDA4.1/PCMCIA2.0のPCカードスロットが搭載された。98NOTE LIGHTシリーズでは1994年のPC-9801NL/RからB5ファイルサイズに小型化されたが、これ以降の小型機では拡張バスコネクタやRAMドライブが省略されるようになった。同時期のPC-9801NS/Aからはプリンタポートが双方向対応の36ピンになるなど、コネクタ類がPC-9821時代の規格に置き換わっていった。16MB以上の増設メモリに対応したのもこの頃である。同年のPC-9821Np・NsからはJEIDA4.2/PCMCIA2.1仕様のPCカードスロットが搭載されたほか、内蔵HDDは約4.3GBまで扱えるようになった。また、Npはシリーズで初めてWindows Sound System (WSS) 相当のPCM音源を搭載した。この頃までの98NOTEには一部の小型機を除きPCカードスロットの他にコネクタ式の拡張バスを備えていたが、PC-9821Ne2からは廃止され、Np/Ns以降ではNf/NxおよびNaシリーズに搭載されたのみに終わっている。Ne2以前のカラーLCDモデルではすべてTFTカラー液晶ディスプレイが採用されていたが、PC-9821NdからはDSTNカラー液晶モデルも投入されるようになった。小型機ではPC-9821Ldから9821型番のカラーモデルが登場した一方で、その下位機種に相当するPC-9801NL/Aを最後にPC-9801型番の98NOTEは終息する。PC-9821型番の98NOTEは、1995年のPC-9821Nmを除いて液晶ディスプレイがすべてカラー表示可能となっている。また、同時期の上位機PC-9821Nfでは、98NOTEで初めてPentiumを搭載した。PC-9821Ne3、Nd2からはIrDAを搭載するようになった。PC-9821NxやNa7以降の一部の上位機種では、OPNA互換のFM音源を搭載した機種も登場した。Windows 95時代になるとシリーズ名は98NOTE Lavieに、小型機は98NOTE Aileに変更された。それ以降は小型機以外でもRAMドライブが搭載されなくなり、FDD2台を前提としたソフトの利用が困難になった。1996年のPC-9821Nr15からはZVポートを搭載するようになったほか、Nr15を含む一部の上位機種ではCardBusも採用されるようになった。また、98NOTEとしては初めて外部ディスプレイ出力にミニD-sub15ピン3列(VGA端子)のものが標準で装備された。本体色もグレーから濃紺に変わった一方、386SXまたは486SXに相当するLowモードや40桁の表示モード、ROM-BASICの起動は廃止された。リセットボタンも無くなったが、代わりにサスペンド(レジューム)用のボタンを備えるようになり、電源のスライドスイッチと同時に入れることで強制電源オフ(長押しで再起動)が行えるようになっている。1997年からはMMXを搭載する機種も登場し、該当機種では型番の数字が3桁になっている。小型機ではPC-9821Ls150/Ls12が登場し、久々にA4薄型サイズのラインナップも復活した。おおむね1997年5月頃に発表されたシリーズからは、内蔵IDE-HDDの認識上限が約4.3GB以上に対応した(ただし標準状態でフォーマット可能なのは、約8GBまで)。このため、Nr13やLs150など、この時期をまたがってマイナーチェンジされた一部の機種では、枝番によって4.3GB上限の存在するモデルとそうでないモデルが混在する。シリーズ最終機種は1999年に発売されたPC-9821Nr300で、2000年にはマイナーチェンジした後期モデルも発売された。以下を参照。1989年から1992年まで、メインPRキャラクターには大江千里が、テレビ・ラジオのCMや、全国の駅、空港などのシティーボード広告に起用された。テレビCMには他に小坂一也、磯部弘、沢たまき、石井めぐみらが脇を固めた。さらに大江は「HANDY98」のテレビCMのメインも務めたほか、デスクトップパソコン (PC-9801FA/FS/FX) の雑誌および店頭広告にも起用されることになった。製品がPC-9821系統に移行した後はマルチメディア向けデスクトップ製品「98MULTi CanBe」の宣伝に資源が集中され、本製品としてのテレビ・ラジオのCMはなくなり、雑誌・店頭広告にもキャラクターを起用することはなくなった。これ以後、ふたたびNECがノート型製品の大規模なコマーシャル宣伝を展開するのは、1997年にPC98-NXシリーズが発表されるまで待たれることになる。
出典:wikipedia
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