50度線(ごじゅうどせん)とは、北緯50度を通る緯線。本稿では特に、北緯50度線上にあって、樺太を南北に分けていた日露(日ソ)の国境線について記述する。太平洋戦争(大東亜戦争)末期から終戦直後にかけて、南樺太に侵攻したソビエト連邦が樺太(サハリン)全島を占領・実効支配した後、サンフランシスコ講和条約で日本が南樺太を放棄したことにより、日露両国の国境としては消滅した。ソ連が崩壊して以降は、ソ連を継承するロシア連邦が引き続きサハリン全島を実効支配している。日本政府が、北緯50度線をロシア領(北緯50度以北)と帰属未定地(北緯50度以南)の境界とみなしていることから、日本国内で発行される地図も北緯50度に境界線が引かれ、日本ともロシアとも異なる色で色分けされているが、日本はサハリン南部の領有権を主張しているわけではなく、ロシアの施政に異議を唱える立場にもないと説明している。なお標石の頂部にある「模造」の文字は、新宿区絵画館前に保存されているレプリカのみで、樺太に設置されていた標石には「模造」の文字はない。また、中間標石のレプリカ1基が、小樽市の水天宮境内に設置されている。国境は北緯50度線と人為的なものであったが、国境紛争も起きていた。国境に関する観念は島国の日本側よりも大陸国であるロシア(ソ連)側の方が敏感であった。
出典:wikipedia
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