フンメル (独:Hummel )は、第二次世界大戦期にドイツで開発された自走砲である。III号戦車・IV号戦車それぞれからパーツを流用して作成されたIII/IV号車台を使用して製作されたもので、150mm榴弾砲を搭載している。主にドイツ国防軍により、1943年から終戦まで運用された。フンメルは「マルハナバチ」の意味。制式番号はSd Kfz 165。1941年6月のバルバロッサ作戦、すなわちドイツのソ連侵攻で、装甲部隊に追従できる砲兵部隊の欠如が明らかとなった。フンメルは1942年、この欠如を補うために計画された。その時点でも既にいくつかの自走砲が運用されていたが、対戦車砲や重歩兵砲を自走砲化したものであり、野戦榴弾砲を自走砲化したものはなかった。最初の試作は、III号戦車に105mm leFH17榴弾砲を搭載したものだったが、これはIV号戦車に榴弾砲を搭載する計画が推進されたために却下された。試作車が1門のみ製造されたが、この計画もより強力な解決策が提案されたために、さらに却下された。代替計画は、「III/IV号火砲車」として15cm sFH18 L/30榴弾砲を搭載するもので、対戦車自走砲であるナースホルンと同様、III/IV号車台を使用した。この車台では乗員が砲を操作する空間を確保し、かつ重量バランスをとるため、戦車用車台では後方にあったエンジンは中央に移されている。試作車では生産型と異なり、起動輪にIII号戦車と同じものを使用した。このIII/IV号火砲車はフンメルと命名された。乗員と砲を保護するため、オープントップで全周を囲む形の10mm厚の装甲が設置された。後期モデルでは、車体前部の操縦手と通信手のスペースが左右繋がる形で拡大された。終戦までに714門のフンメルと、150輌の弾薬輸送車が製造された。フンメルが最初に投入されたのはクルスクの戦いで、100門近くが運用された。組織的には、装甲師団の装甲砲兵連隊("Panzerartillerie Regiment")のうち一個大隊が自走砲装備とされ、重自走砲中隊が編成された。この中隊は、フンメル6門と弾薬運搬車1輌で構成される。フンメルは口径が大きいだけに限られた数の弾薬しか搭載できず、フンメル弾薬運搬車 "Munitionsträger Hummel" が開発された。砲を搭載せずに製造されたフンメルの開口部を10mmの装甲板で塞ぎ、弾薬を備蓄するための棚を設置したものである。この運搬車は必要に応じて、野戦整備のレベルで、砲を搭載し通常型フンメルに改修することもできた。
出典:wikipedia
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