フォアアールベルク州(標準ドイツ語・オーストリアドイツ語(オーストリア語):Vorarlberg, アレマン語(オーストリアアレマン語):Vorarlbearg(フォラールベアーク))は、オーストリアの最西部の連邦州。かつてはrを母音化しない古典的舞台ドイツ語発音にもとづき、フォルアルルベルク州と転写されていた。ウィーン州についで2番目に狭い州で、人口37万6347人(2013年末)、面積2601平方km。州都はブレーゲンツ、最大の都市はドルンビルン。東はチロル州のロイテ郡およびランデック郡、北はドイツのバイエルン州南西部のバイエルン・シュヴァーベン地方、西はリヒテンシュタイン公国と、西と南はスイスのザンクト・ガレン州・グラウビュンデン州(ドイツ語圏、ラテン語圏(ロマンシュ語、ロンバルト語など))と隣接する。地域圏としてはバーデン地方とシュヴァーベン地方の中間部に属する。アルプス山脈のスキーリゾートとして有名で、北西にボーデン湖がある。ポーデン湖はライン川水系である。紀元前500年前後からケルト族が定住していた。紀元前15年、ローマ帝国の支配下に入った。260年にフランケン地方を含むライン川上流にいたアレマン人の侵略を受け、ケルト人・ボイイ人・ローマ人との混血を繰り返して、450年ころには「フォアアールベルク人」が形成された。843年のカロリング朝の東フランク王国(フランク王国)の支配を経て、14世紀には、神聖ローマ帝国(オーストリア帝国またはオーストリア=ハンガリー帝国)のハプスブルク家の傘下に属し、隣接するリヒテンシュタイン家とも繋がりをもった。このようなアレマン人の地域としての歴史的・文化的背景から、オーストリア帝国の解体および第一次世界大戦前後にオーストリアからの離脱とスイス連邦加盟を州議会で決議したが、サン=ジェルマン条約に基づいてスイス連邦加盟は拒否された。現在はスイスやリヒテンシュタイン、ドイツから多くの観光客などが来訪し、相互の交流がある。バイエルン・オーストリア語が多い他のオーストリアの各州とは異なり、スイスのドイツ語圏とリヒテンシュタインと同様にアレマン語系の方言が話されており、北部はに属する、中・南部は、などが地域ごとに話されている。これらを総称してフォアアールベルク語(オーストリアアレマン語)とも呼ばれる。アレマン系のフォアアールベルク人とイタリア系が多数を占める。宗教はカトリックが78%、プロテスタントが2.2%である。そのほか、イスラム教を信仰するトルコ人が8.4%を占めている。フォアアールベルク州の地方自治体の財政はおおむね、いまだに「ハルツ改革」(シュレーダー改革とも)によって不況にあえぐドイツとは対照的に、好調な経済状況を背景にして余裕があり、恵まれている。そのため、ドイツからの移住者も多い。州内では中世以来の保守系労働組合が組織され、特に製造業は中道右派を支持している。36議席からなる州議会は中道右派のオーストリア国民党が絶対多数を占め続けているが、実際はオーストリア自由党との連立政権で成り立っている。2009年9月20日に行われた州議会選挙では、当時の州知事のハーバート・ゾースグルバーが属するオーストリア国民党(ÖVP)が絶対多数の50.79%の得票で20議席を獲得し、第一党の地位を維持した。オーストリア自由党(FPÖ)は25.12%の得票で9議席、緑の党(Grüne)は10.58%の得票で4議席、オーストリア社会民主党(SPÖ)は10.02%の得票で3議席を獲得した。オーストリア未来同盟の得票率は1.20%で、議席獲得はならなかった。投票率は68.44%だった。2014年9月21日の州議会選挙では、ÖVPが41.79%を得票して16議席を獲得し、得票率は減らしたものの第一党の地位を維持した。FPÖは得票率23.42%で9議席、緑の党は得票率17.14%で6議席、SPÖは得票率8.77%で3議席をそれぞれ獲得した。このほか、新興政党のNEOS=新生オーストリア自由フォーラムも6.89%を得票して2議席を得た。
出典:wikipedia
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