チャーミースマイル&グリーンヘッド (Charmysmile&Greenhead、チャミグリ!、Chamiguri!とも)は、1997年から2001年まで活動したフォークロックバンド。レーベルはビクターエンタテインメント→フライングシューズ→ドリームマシン。所属事務所はアミューズ→フライングシューズ。メンバーは井手功二(Vo,G)、高砂圭司(Ba)、横瀬卓哉(Dr)の3人だった。デビューから長らく井手・高砂のユニットであったが、解散直前にデビュー当初からサポートドラマーを勤めた横瀬を含めて「チャミグリ」であったとの発言から加入となった。だが、バンド活動をしている時は、下記のサポートメンバーも殆ど帯同している。サポートメンバーもともと、ブランニューモンキーズでラッパーとして活動していた井手功二が、同バンド時代にサポートベーシストだった高砂圭司と意気投合し、1997年のトリップフォークジャンボリーに参加することを目的として結成された。バンド名は当初、チャーミーグリーンになる予定であったが、某社からの指摘を避けるため、チャーミー&グリーンヘッドに改める。が、ほどなく井手は、「語呂が良くない」とさらに改名を考えるようになり、ある日、井手がたまたま見ていたTVKのミュートマJAPANで、出演していたSMILEの音楽が気に入ったため、同バンドから名前を借用することを決め、チャーミースマイル&グリーンヘッドという長い名称に決定した。曲風は、フォークソングからロック、パンク、AOR、弾き語り等さまざま。さらにはこれらにターンテーブル、ラップ、サンプリングを混ぜ合わせながらも、使用する楽器はアコースティックギターとウッドベースがメインという独特のサウンドで、後の井手の代名詞である「音楽の四次元ポケット」ぶりをこのころから披露している。ミニアルバム「Growin' Up」にてビクターエンタテインメントよりデビュー。以後シングル4枚、アルバム1枚をリリースし、ビクターとの契約を解除。また、アミューズとのマネジメント契約も解除し、個人事務所、有限会社フライングシューズを設立、移籍する。インディーズレーベルでマキシシングル「思春期」をリリース後、ワーナーミュージックジャパンに移籍。バンド名も「チャミグリ!」に改名し、マキシシングル3枚を発売する。2001年6月にニューアルバムとニューシングルをリリースする旨がHPにて発表されていたが、突如掲載が中止され、約1ヶ月後に同年8月いっぱいでの解散とベストアルバムの発売が発表された。2001年8月10日に最後のストリートライブを、その後に渋谷On Air Westで解散ライブを、そして8月31日、アンコールのストリートライブを開催し終業(解散)した。バンド活動中は主に代々木公園でストリートライブを積極的に展開し、好評を博していた。メジャーデビューしたバンドとしては頻度も多く(週1ペース)、未発表曲の演奏等もあって非常に人気も高かった。が、代々木公園の規定が変わりストリートライブが禁止されてしまったため、最後のストリートライブは公園外の歩道で行った。解散後も、メンバー同士の交流は続き、井手のプロデュースで最大のヒット作である、NEWSの「希望~Yell~」は、ボーカル以外、全てがチャミグリ!メンバーでの演奏となっている。2008年11月30日と2009年2月13日、井手が主催するライブ「弾いて語らNight!」にて、井手功二&横瀬卓哉の名義でチャミグリ!時代の曲を披露する。その席やブログで井手は「これはチャミグリ!の復活ではない。あくまで井手功二&横瀬卓哉である。」「チャミグリ!の復活は、音楽業を引退して別の職業に就いている高砂圭司が一緒にやってくれた時に、チャミグリ!の復活を名乗りたい。」という旨の発言をしており、バンド復活の可能性を模索している。シングルアルバム
出典:wikipedia
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