シン=トゥン・ヤウ(Shing-Tung Yau)、中国名丘 成桐(きゅう せいとう, 1949年4月4日 - )は、香港に出身のアメリカ人の数学者。ハーバード大学教授。西洋哲学と中国文学の教授の父親のもとに生まれる。食べるものに困るくらい貧窮した家庭だったこともあり、水道や電気などもつながっていなかった。数ヶ月で広東省から香港に移住する。数学者ではあるが、幼い頃から数学が得意だったわけではなく、5歳の頃に受けた公立学校の入学試験にはそれが原因で不合格となった。香港培正中学(高校に相当)に在籍していた頃に幾何学を学び、それがきっかけで代数学などの数学のさまざまな分野に興味を持ち始めるようになった。この頃、父親が亡くなり経済的に非常に厳しくなったためこれらは書店で本を立ち読みして勉強したという。1969年に香港中文大学を卒業。カリフォルニア大学バークレー校で陳省身に学び、1971年に博士号を取得。同年プリンストン高等研究所でポスドクとなる。1972年にニューヨーク州立大学ストーニーブルック校准教授。1974年にはスタンフォード大学教授、1979年にプリンストン高等研究所教授、1984年にカリフォルニア大学サンディエゴ校教授。1987年より現職であるハーバード大学教授に就任。2003年、浙江大学より、名誉博士号を授与される。関数解析学を使ってカラビ予想を解決し、K3曲面にアインシュタイン方程式の解が存在することを示した。この解決から導きだされるカラビ-ヤウ多様体は数学の極めて広範な領域にインパクトをもたらし、その影響は数学にとどまらない。特に素粒子物理学における超弦理論の発展に多大な寄与をなしているが、ヤウ自身は自分の理論がなぜ物理学で役に立つのかわからない、といった趣旨のコメントをしばしばしている。もっともヤウは弦理論の専門家とも様々な業績をあげている。ストロミンジャー、ザスロフとともにミラー対称な3次元カラビ-ヤウ多様体はT-双対性を持つというミラー対称性に関する予想を提起した。他に、一般相対性理論における正質量定理やコンパクト複素多様体上の複素モンジュ・アンペール方程式で知られる。当時、未解決問題だった幾何化予想を研究していたリチャード・ハミルトンと交流があり、後に問題解決にとても大きな役割を担うことになるリッチフローを応用するよう彼に薦めたのも丘である。この予想はウィリアム・サーストンにより予想されたものでクレイ数学研究所のミレニアム懸賞問題にもなっていた3次元ポアンカレ予想を含む壮大なものであり、実際、3次元ポアンカレ予想はグリゴリー・ペレルマンが2002年にこの予想を証明することによってその長い歴史に終止符を打つことになる(査読・検証を経て証明が確定されたのは2006年末)。よって丘がポアンカレ予想解決を大きく推し進めたのは事実なのだが、ペレルマンの証明の検証の際に、あたかも自分たちが最終的解決をしたかのような論文を提出した曹懐東と朱熹平(2人ともハーバード大で丘の指導を受けた数学者)を弁護したため、数学界のみならずニューヨーカー誌などの報道機関からも批判を受けた。マーシャ・ガッセンはその著書『完全なる証明』(文芸春秋刊)で、丘のこの行為こそがペレルマンを人間不信に陥らせ、フィールズ賞含む数々の賞の入賞を辞退させることにつながったと書いている。
出典:wikipedia
LINEスタンプ制作に興味がある場合は、
下記よりスタンプファクトリーのホームページをご覧ください。