ネルシーニョ・バプティスタ(Nelsinho Baptistaまたは Nelsinho Batista) ことネルソン・バプティスタ・ジュニオール(Nélson Baptista Júnior、1950年7月22日 - )は、ブラジル・サンパウロ州カンピナス出身の元プロサッカー選手。J1リーグ・ヴィッセル神戸監督。サッカー指導者。日本ではネルシーニョ(Nelsinho)として知られる。1967年にAAポンチ・プレッタでプロ生活を開始。現役時代のポジションは右サイドバック。1971年から所属したサンパウロFCでは262試合に出場し6ゴールを決め、1975年のサンパウロ州選手権で優勝した。その後、サントスFCでプレーした後、CAジュベントスで現役生活を終えた。現役引退後は指導者に転身し、古巣のポンチ・プレッタ、サンパウロFCをはじめ、CRフラメンゴ、クルゼイロEC、SEパルメイラス、SCコリンチャンス・パウリスタなどの名門クラブを率いた。コリンチャンスでは1990年にブラジル全国選手権で優勝、1997年にサンパウロ州選手権で優勝、サンパウロFCでも1998年にサンパウロ州選手権優勝を果たした。これまでに何度か日本のクラブを率いた経験があり、ヴェルディ川崎時代の1995年にはNICOSシリーズで優勝した。この実績が評価され、1995年11月には次期日本代表監督就任が内定していたが、日本サッカー協会 (JFA) 会長(当時)の長沼健の鶴の一声により加茂周(当時)の監督続投が決定。これに対して、ネルシーニョはJFAを「腐ったミカン」と批判した。その後はブラジルに帰国し複数のクラブの指揮を執った後、2003年より名古屋グランパスエイトの監督に就任したが、成績不振により2005年9月に解任。2009年7月から柏レイソルの監督に就任。2010年にはJ2で優勝。2011年にJ1優勝へ導いた(昇格1年目の優勝はJ史上初)。2012年6月30日、ガンバ大阪対柏レイソル戦で勝利し、Jリーグ外国人監督最多となる101勝目を挙げた。2013年8月31日鹿島戦終了後、柏の監督を辞任するとコメントしたが、9月5日にこれを撤回して指揮を執ることになった。2014年9月17日記者会見を行い、契約を2014年限りとすることを発表した。最終的に2012年以降で最高順位の4位で終わった。2014年12月12日、2015年からヴィッセル神戸の監督に就任することが発表された。
出典:wikipedia
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