横浜市立横浜商業専門学校 (よこはましりつよこはましょうぎょうせんもんがっこう) は、1928年 (昭和3年) に設立された旧制専門学校。略称はY専 (わいせん)。前身となった横浜市立横浜商業学校 (略称: Y校) については、横浜市立横浜商業高等学校を参照のこと。本項では、制度上の変遷を略述するにとどめる。官立横浜高等商業学校の設置計画が発覚した1922年頃から、同窓会を中心に高等商業学校への昇格の気運が高まった。官立高商への合併案、Y校を年限延長して高等貿易語学校に昇格させる案 (市単独での昇格案) 等が検討され、結局、市単独で昇格する案が採用されたが、震災のため計画は頓挫した。文部省から 7年制をやめて 5年制に改めるよう要求されていた折でもあり、2年制の専修科を設置することで辛うじて 7年制を保った。Y専は発足当初、前身校である横浜商業学校 (Y校) 校舎 (南太田校舎、現 横浜市南区南太田) に同居していた。1934年、市内の貿易商 松浦吉松から校舎建設費 7万円の寄付を受け、1935年8月、隣接地に独自校舎 (木造) を建造 (井土ヶ谷校舎)。1944年4月、Y専校舎は新設の市立医学専門学校仮校舎に転用され、Y専は再び Y校と同居した。1945年5月、空襲により図書館、研究所等を焼失。戦後の1946年3月、Y専は木造校舎に復帰。南太田校舎は現在も横浜市立横浜商業高等学校 (新制Y校) の校地である。学制改革により Y専は横浜市立大学商学部に包括され、金沢区六浦町瀬戸に移転し、閉校の日を迎えた (六浦校舎、現 横浜市立大学金沢八景キャンパス。旧海軍航空技術廠跡で、旧制横浜医科大学予科の所在地)。
出典:wikipedia
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