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アナーキー (バンド)

アナーキーは、日本のパンクロックバンドである。アルファベットでは「ANARCHY」、漢字では「亜無亜危異」(または「亞無亞危異」)と記す。バンド名の由来はセックス・ピストルズの楽曲「アナーキー・イン・ザ・UK」から名づけられた。埼玉県和光市の団地育ちのメンバー(辺見以外は東京都生まれ)を中心に、1978年に結成。メンバーは4人が埼玉県立和光高等学校、1人が埼玉県立浦和工業高校出身。1979年にヤマハ主催のアマチュア音楽コンテスト「EastWest」にて優秀バンド賞、最優秀ボーカリスト賞を獲得し、翌1980年にシングル「ノット・サティスファイド」、アルバム『アナーキー』でビクターインビテーションよりデビューした。1986年にはギターのマリが痴話喧嘩の末、元妻を刺し逮捕された為、「THE ROCK BAND」と改名するが、メンバーのソロ活動が活発になり活動休止状態になる。その後、1997年に新メンバーを加え活動再開したが、2001年に活動休止している。1980年にビクターからデビュー。当初はソニーからのデビューを予定していたが、ソニーからの誘いのあった同じ日にビクターと契約をした。仲野茂曰く、「ソニーのディレクターに呼ばれてピラフを奢ってもらったからもうソニーでいいや」と思っていた所、ビクターのディレクターに呼ばれ「自分達のデビューに全てを懸けている」と熱く語ってくれた事と「実はソニーのディレクターが何だか気に食わなかった。アウディに乗ってきたりムカつくファッションだったし」という理由でそちらを破棄して契約。デビュー当時は全員国鉄の作業服(ナッパ服)を着用し、髪を逆立てたスタイルだった。セックス・ピストルズのような性急なリズムと反抗的な歌詞のロックは、当時の中高生に人気を誇った。デビューアルバム『アナーキー』はオリジナル曲と、ザ・クラッシュ、チャック・ベリー、スティッフ・リトル・フィンガーズ、イーター等の曲に日本語のオリジナルの歌詞を乗せたカバー曲を収録し、10万枚以上の売り上げを達成、一躍人気バンドとなる。しかし、そのアルバムに収録されていた曲「東京イズバーニング」(クラッシュ「ロンドンは燃えている!"(London's Burning) "」のカバー曲)が、クラッシュの「王室批判」になぞり日本の皇室を揶揄する歌詞だったため、レコード会社が右翼系の政治団体から抗議を受け、回収という措置を取るに至った。後にこの曲を削除して再発されている。その後も次々とアルバムをリリースしていくが、演奏能力が一向に上達しない(敢えてしない)パンクバンドとは違い、演奏のレベルがグングン上達していき、クラッシュになぞりレゲエ、ダブ等を楽曲に取り入れたサウンドも展開し、人気を誇るバンドに成長する。業界内でもファンは多く、タレントの北野誠、薬丸裕英、小泉今日子、歌舞伎役者の中村獅童、音楽関係では尾崎豊、ボアダムスの山塚アイ、元THE MAD CAPSULE MARKETSのKYONO、ザ・クロマニヨンズの甲本ヒロト、頭脳警察のPANTA、Theピーズの大木温之、eastern youthの吉野寿、ロリータ18号のマサヨ、JUN SKY WALKER(S)、BUCK-TICKの今井寿、山下達郎などがファンを公言しており、山下達郎に至ってはアルバムを発売日に買っていたというエピソードが存在する。当時はBOØWYやTHE ROOSTERSといったバンドと仲が良かった。特にBOØWYの氷室京介とギターのシンイチは、映画『裸の24時間』で競演したり、ヤマハ主催のバンドのコンテストにアナーキーが参加した際に氷室も高校の同級生の松井常松達とデスペナルティというバンドで参加していたり、BOØWYのデビュー当時のキャッチコピーが「エアロスミスとサザンオールスターズとアナーキーを足して割ったバンド」と呼ばれていた過去があったりと因縁深い。しかし、一方で歌詞の内容やサウンド、アクションに対し、ただのクラッシュの模倣であるという批判も多く(クラッシュもレゲエやダブに接近している)、同時期に活躍していたパンクバンドTHE STALINの遠藤ミチロウは当時、雑誌等で「あいつらはライブで『俺達は政治の事を考えてるのに皆外でテニスをやってやがる!』みたいな事言ってるけど、あいつらのライブに行くより外でテニスでもしてたほうが健康的でいい」と、アナーキーの批判を行っていた(元々彼はクラッシュのサウンドやアナーキーの歌詞を嫌っている事や、アナーキーがコンテストからのデビューだという事を小馬鹿にしていた事、クラッシュを露骨に模倣したアナーキーを嫌っていたとも見える)。遠藤とは映画『爆裂都市』の出演をめぐり喧嘩になり、新宿ロフトで行われた映画の打ち上げに仲野と逸見が殴り込むまでに至った。その後も長らくお互いがいがみ合っていたが、数年後に出演したイベントで泉谷しげるの仲裁によって和解。その後も順調に活動していたが、1986年にギターのマリが痴話喧嘩の末に元妻を刺し逮捕された為、バンドは活動休止。その後、残ったメンバーでバンド名を「THE ROCK BAND」と改名し活動を続けるが、メンバー個々の活動が目立ち始めバンドは数年間で活動休止状態に。その後1994年にオリジナルメンバーが結集し、一夜限りの再結成ライブを行う(なお、そのライブ音源はCD化されており、「東京イズバーニング」や、未発表曲「タレントロボット」も収録している)。1997年に仲野・藤沼・寺岡が新メンバーを加え再始動(逸見と小林は参加せず)。当時人気のあったデジロック色を強めたバンドに生まれ変わり3枚のアルバムをリリースするも、2001年に活動休止。2005年に全アルバムとオリジナルメンバーによる新曲、更に秘蔵映像を収録したDVDをセットにしたBOXが発売され、2008年には太田達也監督によるドキュメンタリー映画『アナーキー』が全国各地で公開された。

出典:wikipedia

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