LINEスタンプ制作代行サービス・LINEスタンプの作り方!

お電話でのお問い合わせ:03-6869-8600

stampfactory大百科事典

朝日新聞珊瑚記事捏造事件

朝日新聞珊瑚記事捏造事件(あさひしんぶんさんごきじねつぞうじけん)とは、1989年(平成元年)に沖縄県西表島において、朝日新聞社のカメラマン・本田嘉郎が自作自演で珊瑚に落書きによる傷をつけ、その写真をもとに新聞記事を捏造した虚報事件である。落書きの文言「K・Y」を取って、KY事件とも呼ばれる。朝日新聞東京本社版の、1989年(平成元年)4月20日付夕刊一面の連載企画「写'89『地球は何色?』」に、高さ4m、周囲20mという世界最大級のアザミサンゴとして、ギネス世界記録にも掲載されたことがある珊瑚が傷つけられた、6段抜きの大きなカラー写真が掲載された。この記事では「沖縄県西表島のアザミサンゴに落書きがあることを発見した」として、以下の様な日本人のモラル低下を嘆く新聞記事を掲載した。しかし、地元の沖縄県竹富町ダイビング組合が「サンゴにこれまで傷は全くなかった、サンゴに書かれた落書きは、取材者によるものではないか」との抗議を寄せた。写真部員に電話をして直接問い質したが「そんなことするはずはない」と否定されたので、東京本社の代表番号に電話したが、窓口の人間と称する男性は「朝日に限ってそんなことはない」「文書にして出してくれ」と、まともに取り合わなかった。この時期、石垣島では海を埋め立てる新空港建設計画(新石垣空港)が進行しており、事件が関係者を強く刺激したことを、共同通信社の新藤健一が指摘している。これに対して朝日新聞社は、5月15日夜に記者会見を行ったが、カメラマンの「こすっただけ」という釈明を信じ、会見でも突っぱねるような印象を与えて反発を買った。そして5月16日の朝刊で「撮影効果をあげるため、うっすらと残っていた部分をストロボの柄でこすった」とし、行き過ぎた報道があった点に関して、謝罪記事を掲載した。しかし、その後の継続的な調査を経て「カメラマンが無傷の状態であったサンゴに文字を刻み付けた」との判断を発表し、ようやく虚偽報道であったことを認め、5月20日の朝刊で再び謝罪した。5月19日付で、珊瑚に傷をつけた朝日新聞東京本社写真部員・本田嘉郎は退社(懲戒解雇)処分、東京本社編集局長・同写真部長は更迭、同行していた西部本社写真部員、村野昇は停職三カ月(この写真部員は、傷をつけた東京本社写真部員の行動に気づいていた。気づいていたのに止めていないのである)、そして、当時の一柳東一郎朝日新聞社社長が、引責辞任に追い込まれる事態となった。その後、朝日新聞社の最高幹部が沖縄県庁などに謝罪した。なお、自然破壊と環境破壊に対するキャンペーン記事を掲載していた朝日新聞だけに、購読者からの抗議が殺到した。この世間からの批判に驚愕した朝日幹部は、編集局報で全ての記者に向けて以下のように意識改革を訴えた。「朝日新聞が大筋においては相当良質のジャーナリズムを提供していたという誇り、影響力の大きさに対する自負、そういう元来プラスに働くべき要素が、かなり以前から悪い方向にも作用して、ある種のおごり、高ぶりというか、英語でいえばアロガンスが、前社長の表現を借りればサビのように編集現場にも広がっていた」。朝日新聞縮刷版の1989年4月号(5月25日発行)には、4月20日付夕刊のサンゴ写真(モノクローム写真に変わっている)が、原版のまま収録され、欄外には「おことわり 『写'89地球は何色?』の写真については、本社の取材に過ちがありました。『おわび』を五月十六日付と同二十日付の朝刊一面に掲載しています。朝日新聞社」と記述された文章が記載されている。高山正之は、朝日がこの「謝罪」の中で、「精神の貧困の、すさんだ心」と罵倒された日本人には、一切謝罪していないと批判している。捏造写真を撮影するために珊瑚を破損したカメラマンは自然環境保全法違反で検察庁に送致された。これは誰の所有でもない珊瑚に傷をつけたために器物損壊罪に問えないゆえの措置である。しかし、当時の自然環境保全法の主旨は植物や動物を捕獲(採捕)することを禁止したものであり、動植物を損傷する行為を禁止していなかった。そのため、検察は不起訴処分となり刑事処分を受けなかった。これは起訴しても類推解釈の禁止の原則を定めた刑法の罪刑法定主義に抵触し、裁判所が無罪判決を出すのが明らかであったためである。社会的非難を集めた事件ではあったが、刑事罰を受けることはなかった。この状況に対応するため自然環境保全法は1990年(平成2年)に損傷も禁止する規定に改正(平成2年法律第26号)された。そのため、現在は同様の行為をした者は立件できるようになった。「朝日珊瑚事件」の取材にマスメディアが殺到し、のべ百隻余りの船が取材したが、その際に錨を落としたことから、一年後には件のアザミサンゴの周辺のサンゴが折られ、白い傷口を無残に晒し、皮肉にも同じマスメディアの取材で周囲の珊瑚礁が傷だらけになっていた。対照的に当時傷が元に戻るのに数十年かかると報道されていた被害珊瑚は一年後の時点で傷が再生し、問題の文字が解らない状態になっていた。また事件で有名になったサンゴを見物するためにやってきたダイバーにより、周辺の珊瑚礁にスクーバ・タンクをぶつけられる被害なども出ている。新聞記者の間では、1989年(平成元年)に起こった3大虚報・捏造事件を「サンゴ」「グリコ」「アジト」と呼んでいる。この年、朝日新聞はリクルート事件をスクープしているが、1989年度の日本新聞協会賞を受賞していない。選考委員会が行われる三ヶ月前に発覚したこの事件のためである。岩瀬達哉はこれを、新聞協会賞というものが、報道内容を公正に評価するものではなく、いかに政治的な賞であるかと指摘している。また、本多勝一も朝日が受賞を逃したことを指摘し、同賞を批判している。本多は、優れた報道が不祥事で帳消しとなるのであれば、毎日がこのとき受賞した『政治家とカネ』は「グリコ」と、読売が技術部門で受賞した「新画像システムの開発と実用化」は「アジト」と、それぞれ相殺にならないのかと、『朝日ジャーナル』連載のコラム「貧困なる精神」(1989年9月29日号)で指摘している。この事件は現在も朝日新聞の負の歴史として取り上げられることがある。たとえば新しい歴史教科書をつくる会による中学校社会科の公民教科書『中学社会 新しい公民教科書 新訂版』に、この事件が取り上げられている。作家・歴史研究家の井沢元彦は自著のなかで、もし朝日新聞の主張するような書き方の(中学生用の)歴史教科書において朝日新聞が紹介されたらということで、1950年(昭和25年)の伊藤律会見報道事件とともにこの珊瑚事件を掲載した仮想の教科書を載せている。伊藤律会見捏造事件とは異なり、上記のようにこの事件は縮刷版に収録されている。この差異を柴田鉄治は、時代の変化に加え、「ジミーの世界」事件の後始末の影響があったのではないかと推測している。元東京大学教授の酒井信彦は、サンゴ損傷を特定の不心得ものの所業ではなく、日本人全体の問題にしたことによって日本全体を悪者として貶め、反対に自らを良心的な糾弾者として正義の立場に祭り上げたと主張し、このような極度に偽善的な思考方法を「虐日偽善主義」と名付けた上、朝日新聞社の体質等にも絡めて非難した。この事を受けて、朝日新聞社に『読者センター』が設けられ、読者などからの紙面に対する問い合わせ電話番号を掲載した。1990年代初期の新聞メディアは、当時急速に台頭してきたテレビニュースとの競争にさらされ、写真報道に力が入れられていた(桂敬一は、こうした事件は朝日だから起きたのではなく、現代マスコミ報道の競争構造の中ではどこで生じてもおかしくなく、「たまたま朝日で起こった」「朝日ですらこのような事件の起こる低質な競争関係にはまり込んでおり、そこから一人だけ抜け出すことはできない」としている。「朝日新聞が捏造を行い、場合によっては長い間訂正も謝罪もしない体質である」とは考えていないのである)。そのため、当該事件の特殊性は、写真に絡む捏造であり、新聞の虚偽報道としては、やや複雑な様相を呈している。なお、1989年当時は、まだコンピュータグラフィックス技術は初期段階であり、掲載された捏造写真を作るためには、実物の珊瑚に手を加える方法しかなかった。海洋写真家・中村庸夫によると、西表島に偶然『K・Y』というイニシャルの有名ダイバーがいて、彼が憤慨して調査を始めたことが捏造が発覚するきっかけであったとされる。徳山喜雄は、「サンゴの写真を撮った写真記者は、それまでにいくつかの失敗を繰り返しており、捏造してまで挽回しなければならないぐらい追いつめられていたようだ。やはりここでも、ジャーナリズムについて深く考えさせられることになった」と述べている。小学館発行の少年漫画雑誌週刊少年サンデーにこの事件を風刺した作品がある。その他、アニメ版『侵略!イカ娘』の第1話「侵略しなイカ?」で人類が海を汚した例として本事件の事を取り上げている。

出典:wikipedia

LINEスタンプ制作に興味がある場合は、
下記よりスタンプファクトリーのホームページをご覧ください。