防空艦(ぼうくうかん)とは、航空機やミサイルなど空からの脅威への対応を主目的とする軍艦を指して用いられることがある呼称。艦種としては駆逐艦や巡洋艦として建造される場合が多く、防空艦という艦種は存在しない。航空機の性能が向上し、海洋戦闘の主役となったことを契機として、防空艦は第二次世界大戦前後に急速に発達した。多くの場合、艦種としては存在せず、防空能力の優れた巡洋艦や駆逐艦、フリゲートなどが防空艦としての任を負う。あるいは防空に特化した艦であっても専用の艦種として類別されず、巡洋艦や駆逐艦として分類された。例外として秋月型駆逐艦の当初計画では「直衛艦」という新たな艦種に分類される予定であったが、計画変更し魚雷発射管を装備して駆逐艦に分類された。一般に艦隊防空を担うために機動部隊等に追従できるような高速性を要求される。例外としては湾口防衛などのために旧式艦を対空砲のプラットホームとするケースがある。航空機の性能向上、艦対空ミサイルの性能向上、対艦ミサイルの発達などを受けて、20世紀末以降は、欧米諸国ならミサイル巡洋艦、ミサイル駆逐艦、ミサイル・フリゲートなど、海上自衛隊ならミサイル護衛艦といった長射程の艦対空ミサイルと強力なレーダーを搭載したミサイル艦が防空艦としての任務を果たすことが多い。21世紀に入ってからは、もはやミサイルは水上艦にとって普遍的な装備となり、フリゲート以上の水上艦では対空・対潜・対水上艦能力をバランスよく装備するのが普通になっている。つまりある程度の規模以上の水上艦は、全てが防空艦としての能力を具備している。第二次世界大戦の頃は速射性に優れ、高仰角の高射砲を搭載した。イギリスはダイドー級軽巡洋艦、アメリカ合衆国はアトランタ級軽巡洋艦といった大型の防空用軽巡洋艦を建造した。これらは、射撃管制レーダーを装備するなど、大日本帝国が建造した秋月型駆逐艦より一層強力な艦であった。第二次世界大戦末期のジェット機の登場は、その後5年間で航空機の速度を倍増させ、さらに5年間で5割増加させた。このような高速目標に対しては、従来の防空システムでは対処困難であることから、艦隊全体を統合した防空システムの構築、そしてより長射程で追随性に優れた対空兵器としての艦対空ミサイルの開発が推進された。また、冷戦の対立構造が確立されるのに伴って、多くの兵器システムが東西のいずれかの系統に組み込まれる形で発展したが、防空システムもその例外ではなかった。太平洋戦争末期に日本軍が実施した特別攻撃に対処するため、アメリカ海軍は防空システムにおいていくつかの新機軸を導入したが、艦対空ミサイルというアイデアもその一つだった。いくつかの応急的なミサイル開発計画が実施されたのち、1944年にバンブルビー計画が開始された。その成果として、長距離射程のタロス、中距離射程のテリア、短距離射程のターターという3種類の艦対空ミサイルが実用化された。これらはその頭文字から3Tファミリーと呼ばれた。また、イギリスやフランスでも同様の対空ミサイル・システムが開発された。これら第一世代の艦載防空ミサイルには、誘導方式としてビームライディングおよび無線指令誘導が多用されていたが、後にはセミアクティヴ・レーダー・ホーミングを使用するものも登場した。第一世代のミサイル・システムはいずれもアナログコンピュータを使用していたが、それらのいくつかは後にデジタルコンピュータによって更新された。このように、電子機器の進化に伴って段階的に改良が重ねられ、特にアメリカのターターは、その後継となるスタンダードミサイルのベースとなった。第一世代のミサイルが多く採用したビーム・ライダー方式および無線指令誘導では追随能力に問題があり、また電子機器の技術上の問題から信頼性も低いと見なされがちだった。その後継となるミサイル・システムにおいては、セミ・アクティヴ・レーダー・ホーミングが採用され、またデジタル式のコンピューターが組み込まれた。アメリカでは、複雑化したミサイルの体系が、スタンダード・ミサイル・システムによって合理的に統合された。また、この時期にはソ連が大量配備する対艦ミサイルの脅威がクローズアップされ、対ミサイル要撃能力の向上も課題となった。特に1967年に発生したエイラート事件(ミサイル艇の記事参照)は、ミサイルをあくまで単なる小型航空機と捉え、従来の対航空機防御の延長線上で対処できると考えていた西側各国海軍に大きな衝撃を与えた。セミアクティヴ・レーダー・ホーミング方式では、ミサイルが目標に命中するまでイルミネーターが占有されるため、同時に対処できる目標数に限界があるという問題があった。1970年、ソ連海軍が行なったオケアン70演習においては、90秒以内に100発もの対艦ミサイルを集中して着弾させる飽和攻撃が実演された。このような攻撃を受けた場合、従来の防空システムでは対処困難であると判断された。これに対する解決法として、次世代のスタンダード・ミサイルでは、発射後の中間航程に慣性誘導および指令誘導が導入された。これにより、イルミネーターによる照射は着弾直前の終末航程でのみ要求されることになり、それまでは別の目標を照射することができるので、発射のタイミングを調節することによって、イルミネーターの数以上の目標に対処できるようになった。この機能はイージスシステムなどの新しい戦闘システムによって遺憾なく発揮されるが、従来艦もAN/SYR-1などのコミュニケーション・リンクを搭載することによって、ある程度はその恩恵を受けることができる。米軍においてこの種の改装はNew Threat Upgrade:NTUと称され、キッド級などが対象となった。また、これと関連して、これまでは捜索レーダーや追尾レーダーなど、それぞれ独立して存在していたレーダーを統合した、多機能レーダーが開発された。その先鞭をつけたのはイージスシステムのAN/SPY-1であるが、ヨーロッパでもアスターSAMに対応したアラベル (仏)、ヘラクレス(仏)、SAMPSON(英)やEMPAR(仏伊)などが、またドイツやオランダでもスタンダードSAMに対応したAPARなどと言った機種が開発されている。この時代のソ連水上艦艇は、侵入してくる西側の洋上兵力を近海において要撃することを任務としていた。その際、西側の強力な洋上航空兵力が重大な脅威であると予想されたため、ソ連海軍は艦対空ミサイルを重視した。当初は、長距離射程のS-75ヴォールホフM(SA-N-2)と中距離射程のM-1ヴォルナー(SA-N-1)の二系統の艦対空ミサイルによって、二重の防空網を構築する計画だったが、S-75M-2は重量過大であると判断されて量産に至らなかったため、M-1ヴォルナーのみが就役した。なお、これらはいずれも陸上用の地対空ミサイルの転用型である。長射程の弾道弾を搭載したデルタ型原子力潜水艦の登場により、ソ連海軍の戦略原潜は、危険を冒して外洋に進出する必要性から解放された。だがそうなると、今度は西側の有する強力な攻撃潜水艦兵力が自国近海に侵入し、自軍の戦略原潜を捕捉・撃沈する危険性を考慮する必要が生じた。このためソ連海軍は、大型水上艦の任務を、自軍の戦略原潜の援護に切り替えた。自国近海での対潜作戦においては、陸上基地からの航空機の援護を期待することができるので、長射程の艦対空ミサイルの必要性は以前ほど火急のものではなくなった。このため、この世代の艦対空ミサイルの開発は、中距離射程のシュトルムのみとなっている。ただし、後に改良型が就役したことにより、シュトルムは長距離射程と言ってよい射程を得た。この時期には、沿岸哨戒戦力の拡充や潜水艦の質的向上などを背景に、大型水上艦は外洋において西側の洋上兵力や潜水艦部隊を要撃する方針に転じた。従って、陸上基地からの航空援護の覆域外で行動することになるため、長距離射程と中距離射程のミサイルを同時に整備することにより、縦深を持った防空火網を形成することが計画された。長射程のミサイルとして整備されたフォールト(SA-N-6グランブル)は誘導方式としてTVM方式を採用することにより、同時多目標処理能力を獲得した。しかしTVM方式はシステムの複雑化を避けられないため、これを補完する中距離射程の9M38ウーラガン(SA-N-7ガドフライ)は、従来どおりのセミ・アクティヴ・レーダー誘導方式を採用することで、駆逐艦クラスの艦への搭載を実現している。これを搭載するソヴレメンヌイ級駆逐艦は、管制用レーダを6基と多数搭載することによって、限定的ながらも同時多目標対処を可能にした。運用思想の変化に伴って、ソ連/ロシアの艦対空ミサイルについての方針も変遷してきたが、80年代にはある程度の完成を見た。また、ソ連崩壊に伴って、新規の兵器開発は極めて困難となった。このため、この時期の艦対空ミサイルは、前世代のものの改良という形をとっている。フォールトは射程と弾頭威力が強化されたフォールトMとなり、ウーラガンは中間誘導に慣性誘導+無線指令を導入してより効率的な同時多目標対処を実現し、射程を延伸したヨジュとなった。また旧西側諸国と同様に、フェーズド・アレイ・タイプの多機能レーダーの開発も進められた。中国は382型レーダーを開発し、052C型駆逐艦に搭載した。ロシアもアドミラル・ゴルシコフ級フリゲートに四面固定式のフェーズド・アレイ・レーダーを搭載する計画である。なお、052C型の搭載ミサイルとして中国が開発したHQ-9には、フォールト、およびアメリカのパトリオットの技術が導入されていると伝えられている。
出典:wikipedia
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