株式会社ヤマコーは、山形県山形市に本社を置く、同県内陸部を地盤とするユトリアグループの中核企業である。旧称は山形交通。1943年10月1日、戦時中の会社統制によって、山形県の地方私鉄であった三山電気鉄道・尾花沢鉄道・高畠鉄道とバス会社であった山形交通自動車商会・今村自動車の5社が合併。さらに置賜、村山、最上の個人運輸事業者を吸収し山形交通として発足した。存続会社は三山電気鉄道。戦後1948年には、山形市 - 上山町(現:上山市)間にトレーラーバスの運行を開始。加えて山形市 - 米沢市 - 長井町(現:長井市)では急行バスの運行も始めた。高度経済成長期には県内においても観光ルートの整備が進み、それに沿って白布温泉まで定期バスの運行を始めたほか、蔵王エコーラインが開通した際には刈田岳までバスの運行を開始した。その後、路線バス網の充実を図り、1972年6月には、県都における路線バス運行の拠点として建設していたバスターミナルである山交ビルが山形駅前通り沿いに開業、運用を開始した。しばらくは鉄道とバスを併営する運輸業者であったが、1974年までに鉄道線は全廃した。1960年代後半から経営の多角化に乗り出し、1975年4月には、不二家との合弁で山交フッドサービスを設立。さらに1984年には富士ゼロックスからの呼びかけに応じ山形OA機器(現:山形ゼロックス)を設立するなど、多くの関連会社を設立した。また山形新聞・山形交通グループを形成しグループ内の主軸の1社として県内において大きな影響力を行使した。しかしモータリゼーションの進展によって県内陸地方全域に展開していた路線バス網は、乗客の減少に歯止めがかからず、多くの路線が廃止あるいは自治体バスへの転換が図られた。1993年にCIを導入。車体に描かれているロゴマーク「ユトリア」を制定した。「ユトリア」とは「ユートピア」と「ゆとり」の造成語で、ゆとり社会をひらくグループの方向性を表すとしている。1997年10月1日、山形交通が観光レジャー事業を強化することを目的に、グループ企業であった山交興業、山交観光、山交ランド、山交商事、東京バス観光などを合併。同年12月、社名を山形交通からヤマコーに変更した。またバス事業は山交バスとして分離し独立採算を徹底させる方策を執った。さらにパチンコホール会社の設立を一時模索したが、それは断念した上でアサヒビールなどからの出資を得てヤマコーアサヒビ-ル園を設立した。2000年代に入り、蔵王温泉スキー場の利用客減少による索道事業等の不振、不況の長期化、さらに会計基準の変更に伴う退職給付債務の表面化や土地の含み損に対する減損会計の適用、加えて利益剰余金の減少によってバランスシートも痛んだため、ヤマコーは時代の変遷に対応するため抜本的な経営改革に入った。こうした中、天元台高原スキー場の運営会社である天元台の清算を決断した一方で、上山市が資本参加撤退の意向を示した蔵王坊平高原のスキー場である蔵王坊平ライザワールドスキー場などを運営する第三セクター「蔵王エコーランド」の株式を、すべて同市から取得し、ヤマコーの関連会社であるヤマコーリゾートと合併させた。また2000年にオープンした天童市のわくわくランド内の物販施設「ゆとりプラザ」の撤退など、事業の選択と集中を断行した。2011年4月には高齢化社会の到来を踏まえ、ヤマコーを母体として社会福祉法人ユトリア会を設立。同会が山形市内で高齢者施設を運営しているほか、2017年春にも東根市に認可保育所を開設した上で、保育事業に参入するとしている。
出典:wikipedia
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